重すぎる 京極夏彦 旅の友

月影星之介


<解説文>

【月影・上田による新潟旅行レポート第2弾〜弥彦神社篇〜】

 京極夏彦のノベルスは旅に向かない、というのが僕の持論だ。なんといっても

まず重い。そして厚い。左手に持った本を器用にめくりながら、右手に箸を手に

して膝に置いた駅弁を味わうという旅ならではの愉しみも、その本が「鉄鼠の

檻」だったりなんかしたら一瞬の油断で全てを失うまでの大惨事となる。まず、

片手で本を支えることが難しい。しかし、京極堂の蘊蓄を脳で愉しみながら、

同時に御当地ご自慢の味を舌で味わう、という至福の時をむかえるためには、

たとえ指がブルブル震えても支えなければならないだろう。ページを捲るのも

また大変だ。せめて物語が中盤にさしかかってから駅弁を食べはじめることを

お勧めしよう。あらかじめフタを開けておいた駅弁を膝にのせ、割り箸を口に

くわえて右手で割る。まずは隣に置かれたお新香の黄色が移ってしまっている

卵焼きだ。うまい。腹が減っているし、旅の中で口にするモノはたいていうまい。

茶店の団子や蒸したての酒饅頭は本当にうまい。夏には心太や練乳のたっぷり

かかった小豆かき氷なんてのもいいだろう。話が逸れた。さて、読書と駅弁だ。

次の煮染めに箸を伸ばそうとしたときに悲劇は起こった。ひ、左手が・・・左手の

スジが、つ、つ、つっている。よし、落ち着け。まだ大丈夫だ。そっと本を放せ

ば・・・。手の力を少し抜いたその時だ、本が手から滑り落ちた。・・・膝の駅弁の

上に。

 あ、ああ、ああああ・・・、彼は小さく呻く。手をつけたばかりの駅弁は、本と共に

地に落ちていた。御飯粒まみれの本。照り焼きの跡べっとりの床。お新香の張り

付いた裾。彼の手に残ったのは、虚空をはさむ箸のみだ。彼の視界にはいる

緑の山々は、涙に曇った。だから僕は忠告したんだよ?「やめたほうがいいん

じゃない?上田くん」ってね。

 (俺の話かよッッッ!?)

 かくいう僕も京極夏彦の本は好きで、夕食を待つまでの空白の時間に、浴衣

姿で畳に寝転がりながら物語を紐解く。物語も佳境に入り、僕の心がどっぷりと

世界に入り込んだその時、バタバタという騒がしい音が近づいてきた。がらっと

無遠慮に襖が開く。

 「おい、星之介。近くに弥彦神社があるんだと!行こうぜ」

 ・・・・世界が壊れた。やっぱり旅に京極夏彦はむいていない。

 さて、弥彦神社だ。弥彦山の麓に建てられたこの神社のおじくじは、ちょっと

変わっている。「あれ、このおみくじ、大吉とか中吉とか書いてないぞ?」、上田

くんの声にのぞき込むと確かに見慣れたあの文字がない。「珍しいな」と、上田

くんが笑う。まあ、こういうのも有りかな、と僕もつられて笑顔になった。弥彦山には

登山道がある。サンダルをつっかけてふらりと出てきた僕らのような観光客は、

ロープウェイで山頂へ向かう。ガイドのお姉さんが独特のイントネーションで説

明してくれた。山頂では佐渡島が見えるらしい。「こんな日じゃ見えないかもな」、

小雨のぱらつく曇り空を見上げて上田くんが呟く。するとガイドのお姉さんがマイ

クを外してニッコリ笑った。「こういう天気のほうが帰って見えやすいんですよ」。

・・・山頂から佐渡は、クッキリとよく見えた。


僕は旅によくオーケンのエッセイを持っていきます・月影星之介
  (僕は何故か赤川次郎を駅の売店でかってしまうなあ・・・)・上田柾流