伍月 第参週


  まだ夏に ならないのに 暑すぎる
                                                守餌象


  理解する 感性欲しくて 悔しくて

                                                舞無舞無

『誰も知らない』にてカンヌ受賞を手にした是枝監督の数年前の作品、「DISTANCE」を観ました。
白状します。
一回目、寝てしまいました。
翌日、改めて見直しました。
お話としては、貯水池に毒を放り込み100人以上の死者を出した後に集団自決をした某・教団信者の遺族4人と自決決行寸前に逃げ出した元・信者が止むにやまれぬ事情により、教団信者達が自決前の日々を過ごした湖畔のロッジで一晩を明かし・・・また日常に戻って行く。
ポイントは、被害者の遺族ではなく、加害者の遺族である、ということ。
自分の妻が、夫が、兄が、姉が。
静かに見知らぬ世界に足を踏み入れ、自分の元から離れていく。
一般的な『狂信』のイメージはまるでなくて。諦めたように、見限ったように、今ある『日常』を離れ・・・罪を犯し・・・死んでしまった。
それぞれの入信前の様子や、それにあたってのやりとりが、回想として出てきます。
最後にプチどんでん返しがきますが、基本的には淡々と話は進行していきます。
ドキュメンタリーを観ている感じ。
それも道理で、この映画には所謂『台本』というものはなく、役者には設定と会話の方向が伝えられているだけで、相手の台詞は一切分からない、半ばアドリブに近い感じで喋っているんだそうです。
カメラも、(おそらくは)手持ち。画面が良くぶれます。
だからなのか、ぎこちない会話、漂う閉塞感。
見ていて苦しかったです。
「イイ」映画なんだってことは分かるんです。
でも、「これはイイ映画なんだな」って思うのと「コレはイイ映画だ!」と思うことは違うでしょ? 
ARATA好きだし、この映画も好きになりたかったんだけど・・・ちょっと私じゃ足りないみたいです・・・。
最後のどんでん返しの意味を、正しく理解できてるかどうかも実は不安。
合わなかった・・・みたいです。
すごく、残念。

紀之一多はお休み。





A Theatrical Campany yakoudou