其の拾参『図書カードはシャーロック・ホームズでいっぱい』の巻



 中学の頃、図書委員会のセンセイが言いましたとさ。
 「七海さん、同じ本ばっかり読んでないで他のモノも読みなさい。」
 いやあ、もうぶん殴ってやろうと思ったよアタシャあ!
 なんでそんなこと言われなきゃならんのよ、図書室ってえのは興味のある好きな本を借りるためにあるんでしょうがぁ〜(何故か金八先生口調)。そう思って、自分の図書カードを見てみれば上から下まで『シャーロック・ホームズ全集』の文字が並んでいた・・・。ああ、コレは言われてもしょうがないかもしれない。
 シャーロック・ホームズが好きになったのはいつだろう。小学生向けの『まだらの紐』を読んだ時だろうか。いや、でもあの時はホームズ自身よりもその話に惹かれていたような気がする。固定されたベッド、夜中に聞こえるシュウシュウと湯を沸かすような音、天井から垂れ下がった呼び鈴の紐、しかしそれは天井裏で途切れており役にたってはいない・・・。そこで死んだ依頼人の姉妹が残した「まだらの紐」という言葉・・・。依頼人の厳格な父に見つからないよう屋敷に忍び込み、その部屋で依頼人のかわりに一晩を過ごすことにしたホームズとワトソン。暗闇の中、事が起きるのをジッと待つ。するとシュウシュウと例の湯を沸かすような幽かな音が聞こえはじめる。手にしたステッキを構えるホームズ、おもむろにバシっと伸びてきた「まだらの紐」を叩いた!シュウシュウという音が遠ざかり、シンと鎮まった闇の中突如悲鳴が響きわたる・・・・。果たしてその悲鳴の主は誰なのか!?まだらの紐の正体とは!?
 コイツをオレンジ色の小さな光の下で布団をかぶりながら読んでいた時のドキドキを、昨日のことのように思い出すことが出来る。またその本の挿し絵がもっの凄く怖くて、「グハア!」と怯えつつも目が離せなかったモンだった。
 図書室でソイツをぶん殴ってやろうかと思ったその時も、シャーロック・ホームズの本は全部自分で持っていたのだ。だけど、自分の持っているのとは違う真っ黒な表紙の格好良い図書室の本にすっかりオイラは参っていた。どこの出版社のモノかは覚えていない。表紙が真っ黒で、そこに黄色や赤などの色で引っ掻いたような絵が描いてある、そんな装飾だったと思う。自分の持っているホームズの本は、モスグリーンの表紙に文字とわずかな模様が描かれているだけど「だっせえ」装飾だった。さすがのオイラも同じ内容の本を(しかもけっこうな値段の上に巻数も多い。)親にねだることは出来なかったので、しょうがないから「だっせえ」本は置いといて、「カッコイイ」装飾の図書館の本を毎日借りて読んでいたのだ。
 ホームズ先生の何が好きかといえば、「時折見せる格好良さと優しさ」であると思う。あまりにも有名な『バスカーヴィル家の犬』から引用しよう。

 『とうとう私はその足音を聞いた。遠くのほうで石にあたる鋭い靴音が聞こえたのだ。石を踏みしめ踏みしめ、一歩一歩近づいてくる。私は一番暗い片隅に引っ込んで、ポケットのピストルの引き金に指をかけた。そして彼の姿を認めるまでは、こちらの姿を見せまいと決心した。しばらく足音が止まっていた、彼は立ち止まったのだ。それからもう一度、一歩、二歩、足音が近づき、石室の入り口にその影がさっとさした。
 「ウォトスン君、美しい夕暮れだね」聞きなれた声だった。「なかにいるより、きっと外の方がずっとはればれするよ」』(新学社文庫『バスカーヴィル家の犬』コナン・ドイル著、鈴木幸夫訳)

 この文章を読んだ時の胸にクアっとこみ上げたモノを忘れはしないだろう。「くあ〜!カッコイイよこの人ぁ!ヤラれた〜!!」と手足をバタバタさせて喜んだ。物語も終盤にさしかかろうかという頃に、颯爽と現れて言った一言がコレだ。ワトソン先生でなくとも感激だ。嬉しくなる。普段は、部屋でワケのわからん研究をして煙だらけにしたり、変装して街中をうろついたり、「頭がハッキリする」からとコケインを常用したり、なんの説明もなしに人を引っ張り回してなおかつワケのわからん行動をしたり、と、本当にしょうもないホームズ先生だが、こんな風にスッと格好良く現れてくれたりなんかすると、もうそんなことは全部帳消しになってしまうくらい嬉しくなる。そこがホームズ先生の不思議な魅力だ。何よりオイラがホームズ先生を好きな理由だ。
 NHKで放送されていた『シャーロック・ホームズの冒険』というドラマは、シャーロック・ホームズの世界をこれでもかというほどに表現した作りであった。霧に覆われた倫敦は暗くて適度に陰気くさく、道に座っている物乞いも、ホームレスの子どもたちも、喪服をまとったご婦人も、どこか湿った雰囲気を持っている。何よりシャーロック・ホームズを演じたジェレミー・ブレッドの容姿が際だっていた。一度見たら忘れられない。病的に青白い顔色、薄く赤い唇、落ち窪んではいるがギョロリと大きく鋭い目、綺麗な形の鷲鼻・・・。すっと伸ばした人差し指をすぼめた唇に当てる仕草などは絶品だった。日本語版の声を当てていたのは露口茂氏で、微かに震えるようなしゃべり方がまた彼によく合っていたのを覚えている。
 今夜はシャーロック・ホームズの夢でも見られるといいな。ホームズは帽子をかぶってマントを翻しながら早口でこう言うだろう。
 「表に馬車を待たせてある。さあ、来たまえ、ワトソン君。詳しくはその中で話そうじゃないか。」
 しょうがねえなと思いながらも、きっと誰しも乗ってしまうだろう。
 彼の背中を追いかけて。
 シャーロック・ホームズはそういう魅力の持ち主なのだ。


(レジのおっちゃんに薄笑いされながら買った『龍騎』の雑誌は、役者さんのオフショットがいっぱいで嬉しいぜ!月並みなようですが、オイラの好きなホームズ作品は『踊る人形暗号』『赤毛同盟』『空家の怪事』などです。NHKでやったホームズシリーズはビデオなんかにもなっているので、ホームズに興味のある方は是非とも見てみてください。オススメです。)

A Theatrical Campany yakoudou