其の弐拾壱『僕の思ひ出〜給食の時間〜』の巻



 寒くなってくると飲みたくなるのが温いミルク。
 本来牛乳ってあんまり好きじゃないんだけど、小学校の給食ン時なんかは水分補給の手がソレしかなかったから、一生懸命に飲んでいた記憶がある。
 僕は東北で育ったので、冬なんかはめちゃめちゃ寒いし、雪なんかもドッチャリ降るのだが、そのクセ暖房器具の普及が悪くて酷い目に合わされていたこともあった。なんせ、教室の暖房がストーブ一台なのだ!教室の真ん中に、デッカイ黒い奴がドンと置いてあるの。そんだけ。
 っていうか雪国ナメとるやろ、雪国の学校のクセに!(笑)よく僕らは、あの当時ストの一つも起こさんと授業受けてられたなあ、と思う。経験者は身に滲みてわかるだろうが、このストーブ暖房、教室の温かさにムラがあるのだ。
 まず、ストーブを背にしている前のほうの席のヤツら、コイツら背中だけがジンジン熱い。ストーブの右側に席のあるヤツらは、左側だけがジュクジュク熱い。逆に左側に席のあるヤツは右側が刺すように熱い。ストーブを正面にしている席のヤツは、時間が経つにつれ顔が真っ赤になってくる。コイツリンゴ病ちゃうか?ってくらいに頬が赤くなり、三学期中に少なくとも2回は鼻血を噴く。それとは逆に、真っ青な顔をしてガタガタ震えながら鉛筆を握っているのが廊下側の席の連中だ。普段なら先生の目につかずにやりたい放題の廊下側隅っこの席も、この時期ばかりは「席決めクジで当たりたくない席」の筆頭だ。
 それで延々50分も60分も授業を受けさせられる身にもなってみやがれ、教育委員会!そして職員室や保健室だけヒーター付いてるなんて卑怯じゃないのか、先生たち!(笑)
 特に僕が駄目だったのは「片方だけ熱い」というヤツで、なんとかその熱から逃れようと身をよじったりしてみるのだが、机に固定されている身としてはやはりそんなの「無駄な抵抗」のひとつに過ぎないのであった。グラグラ燃える炎を横目に、(ぐあ〜、袖焼ける〜。焼けるって〜。)と叫んでいたあの幼い日々。ああ、地獄だった。
 そんな地獄からの使者のようなストーブだが、ただ一点、僕らが気に入っていた利点があった。
 それは、「給食の牛乳を温めてくれる」こと。
 ドラム缶を半分に切ったような入れ物に水を入れて、先生が毎朝ストーブの上にかけてくれる。その水は、昼にはすっかりグツグツ煮だつお湯になる。給食当番はいつもよりほんの少しだけ早く牛乳を調達してきて、それを缶の中に入れるのだ。
 とは言え、缶に入れることの出来る牛乳瓶はせいぜい6本程度。だから毎日班ごとに(ああ、懐かしなあ、「班ごと」って響き・・・)ローテーションして温めるのだ。今みたいに牛乳パックなんて洒落たモンじゃなかった時代の話。コトコトと微かに揺れ始める牛乳瓶が、なんだか幸せに見えていた時代の話だ。(しかし、熱くなった瓶を取り落とす悲劇もまた多かったがな。)
 牛乳が温かいだけでも嬉しいのに、さらにミルメークが出る日に重なれば嬉しさも倍増だ!今も出てるのかな、ミルメーク。当時の僕たちにとっては、カレーライス、ソフトメンに並ぶ幸せメニューだった。茶色の粉を牛乳に入れれば、アッという間にコーヒー牛乳になる!冬の日に飲むあったかコーヒー牛乳・・・幸せなのは結構だが、くれぐれもストローで飲んではいけない・・・。(泣くほど熱い←経験者は語る)
 ソフトメンってどうやって食べてました?僕らの学校では、袋を開ける前に指で二つに分けてから、袋の真ん中を破って片方ずつ入れて食べるのが主流。全部入れちゃうとつゆが入った容器から溢れるのを防ぐという小学生の知恵。あとは、冬にはマーガリンとかつゆモノの容器の下に敷いておく、とかね。こうやってると「いただきます」する頃には、フニャフニャとやわらかいマーガリンが出来上がってる。
 僕の家は転勤族だったので、小学校・中学校といろいろ転校してまわっていたのだが、やっぱり土地が変わると給食も変わる。一番ビックリしたのは、福島県の学校から宮城県の学校に変わった時で、なんせ「主食が違う!」のだ。福島にいたときには、給食の主食のほとんどがパン食だった。今思い出すだけでも腹立たしい、あのコッペパンのヤツめ!あれを食うのに僕がどんだけ苦労したか知らんだろう、給食センターの人たちよ〜!(涙)食っても食っても減らへんねん・・・囓っても囓っても飲み込んでも飲み込んでも減らないんじゃ〜ぁ!(←もともとパンが苦手。)それでもピーナッツバターとか、イチゴジャムとかの日はいいよ・・・まだなんとか食おうと思える。しかし!マーガリンだけの日って!!夢も希望もネエよ!マーガリンだけであの一本を食うのは無理だ!・・・・・僕としたことが取り乱してしまったようだ、フフ。(何キャラだよ!)
 というワケで、福島ではこうしたパン食がほとんどで、御飯やソフトメンが出てくるのは週に一度ほどの割合だったのだ。だもんで、あ〜るくん(「究極超人あ〜る」ゆうきまさみ先生の漫画。七海はこの漫画が大好きだ!)並みにゴハンが好きな僕は、給食当番がよそってくれる御飯にささやかな幸せを感じていた。カレーもいいが、ゆかり御飯や、かおり御飯もいい・・・ホウ。しかし、コレが米ドコロ宮城にあがってきたら、どうだ!毎日ゴハンが出てくるじゃないか!しかも、ひとりひとりぶん容器に入って出てくるのだ。ゴハン給食は、デッカイ容器から一人一人よそって配るものだと思っていた僕にとって、これはなかなかショッキングな出来事であった。さすが減反政策に頭を悩ます米ドコロ、ササニシキが余っているんだなあ・・・。
 僕にとってパン食が苦痛だったように、「俺、パン大好きなのに、なんでよりによって毎日米が出てくるんだよコンチクショウ!(涙)」と思っていたヤツはいると思う。パン食、ゴハン食、これはもう好みの問題だ。福島での給食は、僕にとって少しばかり辛い思い出だけれども、みんながみんなそうだとは思ってないだろうから、安心してくれ福島県の皆さん!
 なんだかんだと文句を言ったり、オカズが足りなくなって一度わけたヤツから文句言われながら少し返して貰ったり、おつゆモノは下からかき混ぜて具を入れてやらなきゃいけなかったり、お正月明けに出る雑煮のお餅はひとり2個だったり、デザートにフルーツのヨーグルト和えが出ると出来るだけ多く貰おうとするヤツが増えたり、給食前に配る肝油食われたり、休んだ人のゼリーをジャンケンで取り合ったり、時には廊下で転んでつゆモノぶちまけるヤツがいて、他のクラスからちょっとずつ分けてもらったり・・・・。
 ハプニングも多いけど、給食は、楽しい時間のひとつだった。


(松田悟志くんが載っているので、『美形カタログ』という雑誌を購入。・・・っていうか名前メチャメチャ恥ずかしいッス〜。ワケあってテメエで買いにいけなかったので、友達に買ってもらったんですけど、「もう無理だ」って変な汗かきながら言ってました。(笑)「なんでこんな時に限ってレジに女の子の店員しかいねえワケ?!」とか叫んでましたけど、そんなことは知らんのです。(ヒデエ!)この話を書いてる時には、給食の話で盛り上がっていて、やっぱり出身地とかによって色々な話がボロボロ出てくるのが面白いです。「俺んとこはおかずに何が出ても先割れスプーンだった!」(ウチんとこは小豆色の箸でした)とか「ウチのミルメークにはイチゴ味があった!」とか「かおり御飯って何?知らんわ!」とか(かおり御飯ってメジャーじゃないのかなあ?)・・・。授業の内容とかそんなもんは全然覚えてないクセに、こういうことになると細かいトコまで思い出されるんだから、やっぱしなんだかんだいって給食ってインパクトある時間だったんだな・・・。) 

A Theatrical Campany yakoudou