其の弐拾弐『とある雪の日の出来事〜虫の死骸の降る夜〜』の巻 |
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雪が空から落ちてきた。 電気カーペットが敷かれた床の上にゴロンとねっころがって空を見れば、それはもう天から落ちてくる無数の虫の死骸だ。あとからあとから途切れることなく、生を亡くした虫たちが地面に降ってくるような錯覚に陥る。 死骸たちは地面に触れるとそのカタチをなくし、真っ白に色を変えて混ざり合う。そうして幾重にも積み重なるのだ。 幾重にも、幾重にも。 この世の汚いモノ全部を覆い隠すように、自分すらも浄化しようとするかのように。 そんな真っ白な世界の中を、底がギザギザになったブーツを履いて歩いていた。一歩進む度に、ギュウギュウと軋んだ音がする。虫たちの死骸を踏む音だ。中味なんかなんにもなくなった空っぽの抜け殻を、潰す音だ。 雪が降る夜はたいてい静かなものだけど、よくよく耳を澄ませば音がする。深々・・・深々・・・と音がする。まるでとても高価な布地で出来た服の衣擦れみたいな、ほんとうに幽かで、それでいて気品に満ちた美しい音がする。 ダウンジャケットの肩に落ちた欠片が、しゅるっと少しだけ派手な音をたてて袖口に向かって滑っていった。ふと何かの気配を感じて目を上げれば、目の前を茶色の猫が音もなく横切っていく。「なにごともないわよ」って顔で、真っ直ぐ前を見据えながら、四つの足を優雅に動かして雪の上を歩く猫を、感心したように見つめた。 彼女の通り過ぎた後には、小さな小さな足跡がぽつぽつと残っている。 あまりに可愛らしいその足形に、ほんの少しだけ笑いがこぼれる。口の端から真っ白な息が噴き上がって、アッという間に冷たい空気の中に溶けて消えた。ポケットから手を出して、頬に触れれば、出来の良いフランス人形のようにひんやり冷たい。 虫の死骸はまだ、降っている。 さて、この死骸たちはどうしてこんなにも絶え間なく落ちてくるのだろう。きっと誰かを守って死んだに違いない。そうでもなければ、こんなに羽のようにやわらかい姿をしているわけがない。綺麗に溶けて消えられるわけがない。人間が消えることが出来ないのは、きっと純粋に生きることの出来ない罰だ。その虫たちの純粋で美しい魂は、そのカラダから抜けだして空の高いところで甘い香りのする空気の中に溶けたのだろうね。そうでなくては、あまりにも、救われない。 家の中では、クリームシチューの入った赤い鍋がコトコトと揺れている。 そのまま目を上げれば、今は白とまだらになっている緑色の屋根が目に映る。そうだ、屋根の上にあがろう。二階の部屋の小窓をよじ登れば、すぐそこが屋根になっている。ちょうど三角に尖ったその場所は、昔からお気に入りのひとつだった。 春になればタオルケットを膝にかけてうたた寝をした。夏には団扇とサイダーを持って花火を眺めた。秋には温かい紅茶を手に星を見上げた。そして、そして冬には。 冬には、天から降る虫の死骸を手のひらで受け止めよう。 まだ地上に触れていない、純粋な欠片だ。 手のひらに落ちた雪は、ほんの少しの間だけ綺麗な紋様を見せて、それからすぐに溶けて水になった。水になった死骸は指先からこぼれ落ち、地上へ還って行った。もうすぐこの小さな欠片も地面に染み込み、地球の一部になるのだろう。冬の景色は浄化に似ている。 いつか、誰もがそうなれればいいのに。 庭先では枯れ木が真っ白な綿の花を咲かせていた。その根本には、ほんの少しだけ見える鮮やかな紫。ベルベットのような艶の紫色。美しいパンジーも明日には、きっと雪の下に埋もれてしまうだろう。 よく響く吹き抜けの階段から、食事が出来たことを告げる声が聞こえた。 鮮やかな青色の縁のスープ皿の中で、トロトロのシチューが穏やかな湯気をあげていた。クリームシチュー独特の甘いクリームの香りがする。手元には、陶器で出来たスープスプーン。ちょうど窪んだ真ん中に黄色い花の模様があしらわれていた。 明日、雪が止んだら。 庭のパンジーの上に積もったヤツを取り除いてやろうね、と言えば、 そうだね、それがいいね、と君は微笑んだ。 窓の外ではまだ、誰かを守って死んだ虫たちの美しい死骸が絶え間なく落ちてくる。 とある雪の日の出来事。 (年末なのでちょっといつもとは趣向を変えてみました。まあ実際はこんなに綺麗なものでも幻想的なものでもなく、次の日には玄関から門に至るまでの超過酷労働雪かきが待っているワケです。しかも僕が実家に帰ってる時に限ってよく降りやがるんだコレが!(笑)しかし、せかっくですので情景を思い浮かべながら読んでいただければ嬉しいです。さて、最近最も凹んだ出来事と言えば、なんせ仮面ライダータイガこと東條悟の死に様でしょうか。いや、泣いた泣いた。絶対ライダー同士の戦いで死ぬもんだと思ってたので、あまりに意表をついた死に方に愕然としてしまって・・・。あんまり泣きすぎたので、その日は頬に真っ赤な痕をつけて稽古に行って、演出の吉田くんに「僕、今日もう駄目だから・・・」と言ったら、「うん。駄目そうだね」と言われました。(笑)よっぽど酷い顔してたんだろうな、俺。) |