其の五拾九『Runner〜紅の運動会伝説〜』の巻 |
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メランコリ〜メランコリ〜。 流離いのメランコリ〜七海です。(意味わからん) タカトン!(さらに意味わからん) 秋でんな〜。 秋と言えば『秋の大運動会』であります。 今回は僕が実際に参加した「ンな阿呆な!」という運動会競技を紹介しよう。元気よく紹介しよう!かってこんかいウラ〜! @魔法の絨毯 ビニールシートを用意せよ。 床にひいてその三分の一ぐらいのところに乗れ。 そのままシートの端っこをつかみ、胸元に引き寄せよ。 「よ〜い、ドン!」でぴょこぴょこ飛び跳ねながら前進せよ!! ウルア〜!!ピョンピョピョ〜ン!! はい、『魔法の絨毯』。 魔法でもなんでもネエっつうの!!(爆)見事なほどの人力だっつ〜の!!俺のチカラだっつ〜の!! 時にシートに足をとられた子どもが、ゴロゴロと転げてシートに絡まり、まるで春巻きの具のように身動きが取れなくなる様はまさに絶品であった。 A車輪リレー バスケットボールほどの大きさの車輪がある。 両横には取っ手らしきものが付いているので、そこをムンズと握ろう。 車輪を地面につけて、雑巾掛けのような体勢になりたまえ。 「よ〜い、ドン!」で足を蹴りだし、前へダッ〜シュ!! 目の前ではグルングルン回転する車輪。早く走れば走るだけ何故だか怖い思いをするこの競技。ハッキリ言って危なかった。 かくいうワタクシも回転するタイヤで頬をスパッと切り、両親を真っ青にさせた実績を持っております。 ありがと〜!拍手をありがと〜! その他にもタイヤをうまく扱えずにカーブで転倒する子ども続出。 転がる!子ども転がる!カーブでコロコロ転がる! っていうか危ネエっつ〜の!!危ネエっつ〜の!どうして先生の誰一人として「ナア、やめようぜ、コレ」と云わなかったのだろうか。校長先生イチオシの競技だった為、誰一人として権力に逆らえなかったのだろうか。それともその車輪がPTA会長の寄贈品だとでも云うのだろうか。 リレーという名目で小学5年生全員がやらされたこの競技。 しかしあの車輪がどこで作られたものなのか、教育委員会は認めているのか、そして運動会以外のどこで使われているか・・・それは今でも闇の中、である。 C女子校で棒倒し 怖い。 この表題だけでも十分怖いが、実際この渦中に放り込まれてみるとさらなる恐怖を味わうこととなる。 運動部、蹴る。 しかも飛んで来やがる。 普段から戦い慣れている運動部に手加減という言葉はない。 しかも奴らの履いているシューズはがっしりしていて底が厚い。 これは要注意である。 普段からヒヨヒヨと校内を練り歩いている文化部には不利な競技かと思われる棒倒しであるが、よくよく注意してみればそうとも言えない。 いわゆる第一戦線と呼ばれる場所で乱闘を繰り広げているのは、いわゆる『バスケ部』と『バレー部』の主将同士だったりする。その横で組み合っているのは、『柔道部』と『剣道部』のエース同士。そしてその隙間を縫って敵側の棒にぶら下がっているのは・・・! 「う、うち(演劇部)の部長・・・ッ!」 一般的に棒の周りを固めているのは、戦力外通告を受けている文化部であるために、一度棒に手が届いてしまえば案外簡単に倒すことが出来るのだ。しかし先輩、一人ではそう簡単に倒れてくれるワケもなく・・・。アッという間に見つかって『華道部』部長に引きずり降ろされているワケで・・・。 父さん、女子校には女はいないと云われているワケで・・・。 しかし確実にこの中から将来の鬼嫁・鬼姑が誕生していくと実感する七海なのであった。 D部活対抗ユニフォームリレー ハッキリ言って滅茶苦茶だ。 誰も彼もが真面目に走ろうという気のないこの競技。どれだけウケるかが全てのポイントと成り下がっている素敵な競技であった。 審査員席の前に正座して華を生け始める華道部。(もうこの時点で運動競技ではない) 華麗なるドリブルを披露しながら走るバスケ部。 走りながらスケッチブックにイラストを書くマン研。 竹刀を振りながら素足で走る剣道部。(こ、根性!) あちこちで受け身をとりながら走る柔道部。 どうすることも出来ない陸上部。(笑) 水着を披露水泳部。(だから何だ) ホルンを吹きながら全力疾走吹奏楽部。(死ぬって!) 歌いながら去っていく合掌部。(ルラ〜) そして僕は何をしていたかと云えば、制服に白衣を羽織りグラウンドを走っていたのだった。どうしてそんなことになったのか・・・、僕は覚えていない。 小学校の時の運動会には、ハハが重箱に手作りお稲荷さんを詰めてやってくる。 油揚げを薄味で煮込んだお稲荷さんは、店で売っているように甘ったるくなく、僕のお気に入りだった。 「朝7時、花火が鳴ったら運動会」。 この合い言葉で「運動会開催の有無」を確認していたあの頃。聞けば、今でも運動会の日には開催合図の花火を鳴らすのだそうだ。 思えば朝の花火はとても頼りなく、運動着にリュックを背負って出掛けてはみたものの、「もし中止だったらどうしよう」と不安になり、学校が近づくにつれおんなじ格好をした人が増えていくのを見てホッとした運動会の朝。 お昼には大勢のお父さんお母さんの中から、自分の両親を捜し出して飯を喰う。(そして時たま、自分のお父さんお母さんを捜し出せない迷子ちゃんが出現する) 何が楽しかったって、走ることや、順位がいいともらえる色とりどりのリボンなんかより、やっぱりお母さんの作ってくれたお重弁当が楽しみだったなァ。 その証拠に高校になって自分たちだけで運動会(体育祭)をするようになってからは、もうつまんなくてつまんなくて校庭の端っこでいかにサボるかということだけにチカラをそそいでいたような気がする。 大学のスポーツ大会に至っては、倶楽部棟の部室だの校庭の木の下だのをウロウロしていたモノだった。覚えているかい、みんな?確かその後、合宿かなんかで出掛けなければならなくて、何故か大会が終わった後から急に活き活きとしだしたものだった。(僕の妄想だったらゴメンよ) 実家の物置に眠る「小学生の頃のモノ」が詰まった段ボールを開けてみれば、色あせた黄色いリボンが出てくる。それにひっくり返せば紅組にも白組にもなれる赤白帽。女の子が描かれた真っ白なレジャーシートも、お重の入っていたお母さんの篭も、お父さんが首から下げていた1眼レフのカメラも、今ではもう物置の中に眠っている。 今みたいにビデオじゃない、お父さんたちがこぞってカメラを構えていたあの頃。 アルバムを捲れば、秋空の下、校庭のド真ん中でニコニコVサインをかましている小学生時代の僕が、いる。 (悲しい時〜。雪見だいふくを食べたら、一気に餅の部分が剥がれて、ただのアイスになってしまった時〜。) |