其の六拾壱『にほんごであそぼ』の巻



 『カフェ・マンハッタン』最高〜ダァ〜!!!
 店長のコーヒーを飲ませろっつうの!飲めネエけど!(←苦いの嫌い)
 この秋最も僕を爆笑させてくれるドラマです。悲しい木曜日もこれで一日ウッキウキ。ニヤニヤ笑いで変人扱いされること間違いナシ!必見だ!!そして会社もクビだ!(←駄目じゃん)
 ドド〜ン。
 僕を毎朝幸せにしてくれる10分番組がある。(←キュ○ピーではない)
 芸能人のスキャンダルも凶悪犯罪もその番組の前では霞んで消える。
 その名も『にほんごであそぼ』。
 し、渋い・・・!!日本人であることをドド〜ンと実感させてくれるこの番組は、野村萬斎・KONISHIKI(通称コニたん)&子どもたちというなんとも言えないラインナップにより繰り広げられている。放送局はNHK教育。だがしかし、決して子どもだましではない。大人が見ても、ジイさんが見ても、何故かじんわりと染み入ってしまう内容なのだ。
 「朝焼け小焼けだ大漁だ・・・」
 「行く川の流れは絶えずして・・・」
 「祇園精舎の鐘の声・・・」
 「抜き足差し足忍び足・・・」
 「ややこしや、ややこしや・・・」
 「何か用か九日十日・・・」
 「なべなべ底抜け・・・」
 「始めちょろちょろ中ぱっぱ・・・」
 「じゅげむじゅげむ・・・」
 小さい頃歌った遊び歌や、小学生の時に教科書に載っていたあの物語、中学生の頃暗記させられたあの詩、高校の時ににらめっこしたあの漢文・・・。
 嗚呼、懐かしい思ひ出の日本語たちよ。
 しかし決して国語の授業のようにその意味を追求したりはしない。あくまでコンセプトは『にほんごであそぼ』。日本語の持つリズムの面白さや、優しさや、美しさや、そういったものをココロで感じる番組なのだ。
 その証拠に、昔懐かしい着物を来て、頬を真っ赤に染めた子どもらが「あかねさす・・・」などといいながら空を見上げる様は、まさに「自分絶対何言ってるかわかってへんやろ!」とツッコミどころ満載であるし、コニたんが「柿食えば〜・・・」と呟く様は「さらにわかってへんやろ!」と思うにも関わらず、何故かその様は見る者のココロを落ち着かせるものがあるのだ。
 不思議だ・・・。コニたんなのに。カタコトなのに。
 しかし参った。中原中也の「汚れっちまった悲しみに・・・」を朝っぱらから目の当たりにした時には「もう会社行くのやめようかな・・・」と部屋の隅で膝を抱えたくなるほどの衝撃を喰らった。
 詩だけも朝に喰らうのは重たいのに、その上に萬斎氏が抜けることの出来ない大きな風船の中で藻掻き、とうとう抜け出すことが出来ずに風船の中で眠り込んでしまうという「人生の苦しさ満載」な画像だったことがさらなる打撃を僕に与えたのだった。
 完敗だぜ、中也・・・。
 あんたの重いパンチ効いたぜ・・・。フッ。
 サーカスの「ゆや〜んゆよ〜んゆやゆよ〜ん」(←空中ブランコに合わせてお楽しみ下さい)もかなり凹んだものだったが、「汚れっちまった悲しみに・・・」は一歩間違えばプチ自閉症に陥るほどの打撃力を持っている。
 恐るべし中原中也!
 負けるな俺!
 歌え俺!
 「な〜にか用かっ、九日十日っ。けっこう毛だらけ猫灰だらけっ。困ったこう薬貼り場がネエ!!しょうちのすけく〜ん、あっそびましょ!」(「にほんごであそうぼう」EDに必ず流れる合点承知之介くんの歌(仮題)頭に回ること間違いナシ!)
 叫べ俺!
 「がってんがってんがってんがってんがってん!!!」
 僕が最も気に入っているのは野村萬斎氏による「ややこしや」である。
 一部分を紹介しよう。
 「ややこしや〜ややこしや〜。私がそなたでそなたが私。そも私とはなんじゃいな。ややこしや〜ややこしや〜。」
 深い。深すぎる。しかし何故かココロが落ち着く。
 毎朝わずか10分の静かな時間。
 かなの丸みに安らぎを感じ、日本語のリズムに耳を傾け、ただただ流れていく言葉から様々な情景を感じ、胸に浸みいる風情とその優しさに心を落ち着ける。
 その時間までに全ての準備を終え、ちょこんとベッドに座ってこの番組を迎えるのが毎日の日課だ。
 空なる心で出掛けよう。
 頭の中では合点承知之介くんがびょんびょん飛び跳ねている。
 国語の時間、先生が刺しているトコロとは違う場所をこっそり読んでいた学生時代の僕が、今日の僕の背中をそっと押してくれるだろう。


(「にほんごであそぼ」に出ている子どもたちはみんなぴよぴよしていて大変可愛い。ふくふくほっぺ丸く塗るのは卑怯だよニャー。っていうか店長、僕を『マンハッタン』で働かせて下さい・・・!切に!切にぃ〜!) 

A Theatrical Campany yakoudou