其之六拾四『★★ガチャポンの罠★★』の巻



 確かに小学生の頃、僕はガチャガチャの魅力に取り憑かれていた。
 ガチャガチャ・・・。(正式名称:ガチャポン)
 それは不思議なおもちゃ箱。
 なけなしの百円をはめ込み、祈りを込めて金属の取っ手をガチャリと回せば、ポンとカプセルが出てくる仕組み。誰しも一度は「この箱の中が空になるまでガチャガチャしてみたい・・・」と思ったであろうあの魔の箱である。
 今でこそ中に入っているオモチャは、アニメキャラの精巧なフィギュアだったり、可愛い縫いぐるみだったりするものだが、我々が子どもの頃は「コレは一体何に使うんだ?」と思わず首を傾げる明らかに胡散臭いモノが、ガチャポン業界を賑わせていたような気がするのだ。

 @スライム
 君は覚えているだろうか、あの緑色のネタネタした物体を。
 カプセルを開けると、小さな緑色のポリバケツが入ってる。その底にネットリと身を沈めているそのワケのわからん緑色が何を隠そう『スライム』である。
 いやあ流行った。流行ったなあ、スライム。
 手のひらにあければヒンヤリと冷たく、上から垂らせばネチャリヘチャリとゆるゆる落ちてくる不思議な物体。それを手に入れた子どもたちは、時たまポリバケツの蓋を開けてネタネタとその手触りを楽しみ、体温によってスライムがぬくまってくると、またバケツに入れて閉まっておくのだ。
 ・・・解らない。
 一体何故、幼き日の僕はあんなにもスライムが欲しかったのだろうか。
 手に入れたその日には嬉しくてハハに見せびらかせたものだったが、ハハは「そんなもの買って、一体何が楽しいのぅ?」とそっけなくそう云っただけだった。
 わかってネエ、わかってネエよ、おっかさんヨォ。この不思議な感触が堪らネエんだよ、ウケケケケ・・・。当時の僕は間違いなくそう思ったものだ。ポリバケツに入っている溶けたゾンビの成れの果てのような物体は、オカルト好きな僕の脳髄をギシギシと刺激していたのだ。スライムの真の魅力は「原材料がなんなのか(子どもには)まったく解らない」ということであろう。
 しかし。
 今でも解らないことがある。
 スライムの正しい遊び方とは、一体なんなのであろうか。
 感触を楽しんでウヘウヘと笑うことこそがスライム遊びの神髄であるとしたら、それはほんの少しだけ、変だ・・・。
 こうしてスライムは、ネッチャリ感を僕に楽しませた後、一ヶ月後ガラクタ箱入りとなった。

 Aカメレオンの舌
 「ビヨーンと伸びてくっつくシリーズ」は数多くあれど、僕のココロをムギュッと掴んで離さなかったモノは、なんと云っても『カメレオンの舌』であった。
 プラスチックで出来た平べったいカメレオン。その口元からみよ〜んと伸びているのは、ブヨブヨとしたグミのような長い舌である。コイツがなかなか優れた粘着力を持っており、窓ガラスなんかに向かって投げると面白いように「ピシ!」っとくっつくのである。
 しか〜も!!
 このベトベト舌、水で洗えば粘着力が復活するのだ!(SEババ〜ン!)
 だから何だ!!
 何なんだ!
 何がしたいのか解らないが、はたまた情けないカウボーイを目指していたのか、子どもたちは窓ガラスに向かってカメレオンの舌を投げ続けた。
 シュルルル・・・ペシ!シュルルルル・・・ペシ!
 こうして異様に長い舌を持つカメレオンは、僕にしばしのカウボーイ気分を味あわせてくれた後、3週後に分解された。

 Bスケバン刑事ヨーヨー
 「おまんら、許さんぜよ!」
 の台詞でお馴染み『スケバン刑事』が大流行した年、僕たちはピチピチの小学生だった。
 南野陽子が麻宮サキを演じた2作目では、とある敵がサキたちの「毎夜激痛を喰らった挙げ句に死に至る」というツボを押して苦しめる・・・という回があり、幼き日の僕を大変に怯えさせたものだった。(ちなみにそれをどうやって克服したかと云えば、「同じツボを偶然にも押されて治った」とか、「んなアホな!!」という方法だった覚えがある。)
 も、もしも間違えてそのツボを押されてしまったら僕は死ぬんやぁ〜。当時、死に対してあまりにも敏感だった僕は、もう誰にも背中は押させない、とワケのわからない誓いをたてていたものだったが、そんな僕が欲しかったのがあの麻宮ヨーヨーである。
 中でも僕が狙っていたのは、ヒモが鎖で出来ていた本物仕立てのヨーヨー。
 最初にガチャポンで手に入れたのは、糸で出来た麻宮ヨーヨーだった。
 確かにヨーヨーの真ん中をパカっと開ければ、桜の大門がデデンと鎮座ましましている。気分はまさに学生刑事!しかし・・・TVで見るようにヨーヨーを引き上げた時に「ジャリ・・・ジャリ・・・」という音がしないのだ!
 クウウ、口惜しい!
 だって糸だからね!ジャリジャリ鳴るわけないよね!
 僕はその後、苦労の末別のガチャポンで鎖糸のヨーヨーを手に入れる。
 おお、ついに僕が麻宮サキになる時がやってきたのだ!
 ヨーヨーを引き上がれば「ジャリ、ジャリリ・・・」と理想的な音。
 パシっと掴まえて構え、キッと敵を(いないけど)睨み付ける。
 「2代目スケバン刑事麻宮サキ・・・」
 そう言いながらヨーヨーを敵に向けて(いないけど)・・・。
 「ん?んあああああああああああああああああああああああああ!!!」
 僕は叫んだ。
 「こっちのヨーヨーは真ん中が開かない〜〜〜〜〜!!!」
 うまくいかないものである。
 こうして一時のスケバン刑事気分を僕に味あわせてくれたヨーヨーたちは、三代目風間三姉妹篇終了後、どこかへ消えてしまった。

 Cビヨン
 僕はかのオモチャの正式名称を知らない。
 だから仮にビヨンと名付けよう。
 君は知っているだろうか。半ドーム状のゴムで出来たあのオモチャを。言うなればそれはスーパーボールの親戚筋に当たるものであろう。
 ひっくり返して床に置き、手を放すとビヨンと空高く飛び跳ねる。
 そのクリーム色でラメの入ったビヨンが、僕のお気に入りだった。
 しかし僕はそいつをビヨンと跳ねらかせて遊んでいたワケではない。弾力のあるビヨンを肌に密着させ、その中の空気をうまく抜くことによって、ビヨンはまるで岩にくっついたフジツボのように僕の肌にピッタリとくっつくのである。
 吸盤の原理だ。
 僕はほっぺにそいつをくっつけるのが気に入っており、陽気なコブとり爺さんのようにヒョコヒョコと遊んでいた。
 後日、ビヨンの作り出す真空空間によってほっぺを鬱血させた僕を見て「ヒイイイイイィィィィィ!!」と叫んだハハにより、ソイツは取り上げられ、今はもう無い。

 D匂い玉
 流行った。コイツは間違いなく流行った。
 僕の年代の女の子ならば、必ず一度は自分のフデバコの中に匂い玉を入れていたハズである。
 色のついた小さな香りの粒。赤は苺、甘い匂い。黄色はレモン、どこか爽やか。紫はグレープ、ツンと甘ったるい香りを放つ・・・。
 通常ひとつの小瓶に同じ匂い玉が沢山入っている。それを友達の持っている別の粒と交換し、様々な種類の匂い玉を集めてフデバコに入れるのが僕らの流行りだった。
 臭かった。
 一粒や二粒ならいいのだ。
 しかし我々は交換出来る限りの匂い玉を全てフデバコに入れていた為、そこはもうなんとも云えない甘ったるい匂いの坩堝となっていたのだ。
 フデバコを開ければムアンと漂う甘い匂い。
 ウウ、気持ち悪い。
 それでもその不思議な粒は、当時の僕らにとって大変な魅力だった。思えばそれは女の子たちにとってプチ香水のようなものだったのかも知れない。
 僕は真珠のような色の匂い玉が好きだった。
 そいつたちは僕に頭がガンガンするような匂いを提供し、そのうちフデバコから一つ消え、二つ消え・・・・やがて空っぽになった。

 どこからともなく流行り出し、どこへともなく消えていく・・・。そんなガチャポンオモチャに僕は幾らのお金をつぎ込んだのだろうか。狙ったお宝が必ず出てくるワケではない、そんな仕組みもまた、子どもたちがガチャポンに金をつぎ込む理由である。
 かなりど〜でもいいクソオモチャを掴まされた時の悔しさ。
 幾度目にして希望のオモチャが出てきた時の喜び。
 今ではすっかりキャラクターモノが主流となり、カメレオンのような「だから何だ?」というガチャポンオモチャはすっかり減ってしまった。
 嗚呼、胡散臭いオモチャたち。
 ドキドキしながら祈りを込める子どもの気持ちは、今も昔もあの銀色のハンドルの中に詰め込まれているのいるのだろう。
 ・・・スライム。


(ウヲヲヲヲヲヲ〜〜『マンハッタン』最高ダァ〜!これほど僕の笑い袋にもふもふと働きかけてくれるドラマは他にありますまい。あり、ますまいて!あまりの面白さにもう金曜日があることを忘れてしまいます。っていうか普通に生きていることを忘れてしまいます。怖るべし『マンハッタン』・・・!す、す、好きだ〜〜〜ぁ!)

A Theatrical Campany yakoudou