其の六拾轆『最終回』の巻 |
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マンハッタンではマスターが失踪し、世の中でボジョレーヌーボーが解禁されたその夜。 僕の家でも一つの物語が解禁された。 いや、正確には『封印が解かれた』と云えよう。 僕はやっぱりホロリと泣いてしまったよ。 一年前封じた、あの物語の結末で・・・。 『仮面ライダー龍騎・DVD最終巻』 一年前。 稽古から帰って、しんと静まり返る日曜の夜に、蓮のような真っ黒いコートを着たまま、テレビの前で僕はバタバタと大きな涙をこぼしていた。 もしも間違って小さくなるお菓子を食べたら、たちまち溺れてしまうような量の涙だ。 アリスじゃなくて良かった。 真司が命を落とした日に、大きく膨れた瞼で練習に出掛けたエピソードは一部有名だが、この最終話を見た次の日も、まるで「逆プチ整形」のように瞼が真っ赤に腫れあがってしまっていたことは、私だけの秘密だ。(←店長風に) このままでは日常生活に支障をきたす(いやそれ以前にも充分にきたしていた)と判断した我が脳の司令部隊は、『真司が命を落とした49話』と『全ての物語の結末が記された最終話』の録画されたビデオを、そっとビデオ棚の奥深くに封印したのだった。 そしてその封印は、都をのっとろうとする呪術者や、好奇心旺盛な考古学者や、お宝大好きな冒険野郎どもの目を逃れ、一年経った今も頑なにその物語を封じている。 だから、今日は、僕にとって二度目の最終回なのだ。 不思議なことに、あまりにも鮮烈に脳髄に焼き付いた最終話の記憶は、今こうして流れている実際の映像と綺麗にピッタリと重なるのだ。 まるで離れていても、同じ痛みを感じる双子のように。 真司が蓮に向けた最期の言葉も、 蓮の穏やかな微笑みも、 北岡の手に握られた真っ白な薔薇の花も、 浅倉の鋭利な瞳も、 由衣の涙も、 神崎の苦しみも、 握られた手も、 千切れたチェーンも、 全てが鮮やかに蘇る。 こうして僕はまたホロホロと泣いている。 アリスじゃなくて本当に良かった。 蓮が好きで、真っ黒な服を着始めた一年半前。 「日が沈んだ後、チャリンコ危ないから背中に黄色い蛍光テープを貼りなさい」と云われながらも、今でも真っ黒な服を着続けている。別に、「闇隠れて生きる〜俺たち妖〜怪〜人間なのさ」だからではない。(それに妖怪になるのはいいが、妖怪人間になるのはそこはかとなくイヤだ。) これから歳を重ねて、縁側で茄子の漬け物つついてるババアになって、もう一度この物語を見返して、そしてまた今と同じようにホタホタと泣くことが出来たら幸せだ。真司の笑顔に、蓮の強い瞳に、あの頃の自分と同じ気持ちを感じることが出来たら、きっと僕は満足して、ニコニコ笑ってあの世に行ける。 僕は当分、まだ黒い服を着続けるだろう。 『カードデッキ、受け取りますか?』 龍騎の本の隅、小さな文字でこんな問いかけがのせられている。 小さい文字でありながらも、それは『龍騎』を見た人間ならば、とてつもなく大きな難しい問いとなるだろう。 出演者もスタッフも人たちも、みんなうんうん考えてそれぞれの答えを出している。「当然受け取る」という人、「受け取らない」という人・・・。 さて、僕ならどうするだろうか。 唸りながら考えてみよう。 ねずみ花火が嫌いで「ひゃ〜」と逃げ回る僕に、果たしてライダーとして戦うことが出来るだろうか。神崎士郎の云うように『戦わなければ、生き残れない』この世界に、僕ほど向いていない人間はいないに違いない。 それに僕には、戦ってまで勝ち得る願い事もない。 恋人は意識不明ではないし、自分もこの前の健康診断で悪いところはないと判断された健康人っぷりだ。時にはイライラすることもあるが、暴れなくともイライラは晴れる。 ライダーになる要素、ゼロ、だ。 それでもやっぱり、僕は受け取ってしまうだろう。 蓮や真司と同じ世界の中に放り込まれた時、僕は自分が何を感じるのか、知りたいのだ。 この戦いの中で、ライダーたちの感じた様々な気持ちのほんの欠片でも、感じることが出来たら、それは僕にとって幸せだ。 しかし、僕はやっぱりライダーに向いていない。 前にも述べた通り、僕はバイクに乗れない。 車の免許も持ってないし、チャリンコライダーはお兄ちゃんに認められるのだろうか。 それにきっと、戦わねばならない相手が蓮や真司くんだったら・・・。 間違いなく僕は敗けてしまうだろうから。 (註:『龍騎』のDVDは全開揃い終えましたが、『趣味の小部屋』はまだまだ続く予定です。) |