其之七拾茄茄『魔のトラウマ風呂』の巻



 「な、なんじゃコリャア!?」

 お風呂場で僕はこう叫んだ。
 別に松田優作のそっくりさんを目指そうと思い立ち、稽古に余念がないわけではない。
 そんな僕の目の前には、錆色の茶色い液体が広がっていたのである・・・・。
 何故こんなことになったのか。
 水道をジャーと捻ってこうなったワケでは勿論ない。
 この寒い時期、これでもかと我々を幸福の世界に招いてくれる『温泉の素』様のおかげである。・・・・おかげ?おかげだろうか、この有様。いっそ鮮やかなオレンジ色にでもしれくれれば諦めもつくものを、なんとも不気味な茶色をしている。「長年放置して錆で茶色く自転車をゴシゴシ洗いました。これがその残り水です。」と神妙な顔で説明されれば、「あは〜、なるほど」と納得の色合い、と云えばお解りいただけるだろうか。
 しかし曲がりなりにも『温泉の素』。
 何種類もの泉質を誇る温泉大国日本には、こんな色の温泉も勿論存在しているに違いない。そう、温泉は色ではない。(しかし『温泉の素』は乳白色が人気であると思う。)その成分が本物の温泉と類似していれば、それでいいじゃないか。
 僕は頭の中の「眼鏡カチャリ七海(知能派)」の言葉に頷き、お気に入りの本を手にいざ湯の中へ突入した。
 「クハァ〜。」
 爪が指から分離するような熱い湯に、思わず「極楽。極楽」とニコニコ笑顔になる。
 熱い湯はいい。
 僕のハハなどは僕のことを「老人になったら風呂で死ぬ」と云う。歳をとると「アツイ・サムイ」を感じにくくなるというのだ。暑さ寒さの感覚が解らず、冬の東北脱衣室で心筋梗塞で死ぬのが先か、熱さ寒さの感覚が解らず、もの凄い高温の湯に浸かって「うへえ」と伸びて死ぬのが先か・・・どっちにしろ裸一貫の死に様である。いざ見つかった時の為に、真っ赤なおふんどしの一枚も用意しておかねばなるまい。ヒラヒラと舞うおふんどし様の真ん中に「我が生き様に悔いなし」と書いておくのも忘れない。
 そんなことをのんびり考えつつ、ゆっくりと肩まで湯に浸かる。
 よくよく近くで見てみると、血を薄〜く溶かしたようなさらに不気味な色合いを醸し出している湯だが、まあそんなことはどうでもいいのだ。
 僕は目を閉じ、す〜と大きく息を吸い込んだ。
 「う〜ん、良き湯じゃ〜・・・良き湯・・・・湯・・・・ゆじゃああああああああ!?!」
 またしても僕の中の松田優作が目を醒ます!
 「な、な、なんじゃコリャアァァァァァァ・・・・!!!」
 僕は思わず洗い場に本を放り出した。
 な、なんなんだいったいこの匂いは・・・ッ!
 不気味な色合いの湯からは、なんとも甘ったるい・・・・・それでいてどこかしら懐かしい、イヤ〜な思い出へ直結しそうな匂いがぷ〜ぅんと漂って来るではないか。
 僕は脳の中の「思ひ出引き出し」をバンバンと開け放った。
 そしてとある引き出しの中から同じ匂いが・・・・!!
 「こ、これは・・・、小さい頃風邪をひいた時に病院より処方され、ハハに半ば無理矢理飲まされた『小児用飲み薬(オレンジ味)』!!(ガガ〜〜ン!)」
 何故だ!?何故『温泉の素』(別に「オレンジ風味」とかではなく、実に堂々と「○○(←某有名温泉地の名前)の湯」と明記されているものである。)から魔の小児用風邪薬の香りが!?
 体験したことはあるだろうか。
 目盛りのついた駅弁のお茶容器みたいなものに入れられたオレンジの液体。一見大変美味しそうで飲みやすそうに見えるが、一度ふたを開ければ得も言われぬ甘ったるい・・・・まあぶっちゃけ云えば「あからさまに気持ち悪い」匂いが立ち上り、子どもたちの「病気を治そう」という意志をあっという間にへし折る・・・・!そんな怖ろしい薬なのである。
 味もまた最悪だ。
 もう一体何をどう混ぜたら、こんなに気持ちの悪い後味になるとかと思うほど、気持ちの悪い甘さがいつまでもお口の中を占領するのだ。
 あれは間違いなく失敗作だ。
 子ども心に「いっそ僕にも粉薬を処方してくだしゃい・・・・」と涙を流したものだった。
 お湯に浸かると思い出す。
 ハハの「明美は強い子、明美は強い子・・・」というワケのわからないコールにのせられて、ついつい魔の薬を口にしてしまった幼い頃のエンターティナー七海。口に入れた直後、「グオア〜!」と顔を歪ませる僕を見て笑うハハ。いや、っていうかコレ、マジのリアクションだから!出川的笑いは一切ないから〜!!
 「明美は強い子、明美は強い子・・・」
 え?
 なんで?
 唯一のリラクゼーションタイムに、僕は何故自分を励ましてんの?
 いやいやいやいや、おかしいおかしい。
 何かが間違っている・・・・。
 本当なら今頃「ンフフフ〜ン」などと鼻歌でも鼻ずさみながら、ゆっくりとお湯を楽しんでいるハズなのに。なんで辛い思ひ出に悩まされながら、修行僧の如き苦難に耐えているのか僕よ!!
そうだ〜過去の自分に打ち勝つんだぁ〜・・・・う〜んう〜ん。
 んん〜・・・・我に修行必要ナシ!!!(ババ〜ン!!)
 予定していた時間の八分の一もしないうちに、僕は風呂場を飛び出した。
 僕は大人だ。もう風邪をひいてもオレンジ色の薬なんか飲まなくたっていいんだ!!なあみんな?そうだそうだ〜!七海会議で決定。七海アニキを七海子分たちが胴上げ中。よって、このお湯は排水溝へと廃棄することとする。
 せっかくのお風呂タイムを象の足の裏で踏みにじられた僕は、ゴミ袋の前で『○○の湯』と書かれたパッケージを、これでもかってほどに細く、細く、裂き続けた。じっとりと濡れたような、暗い目をしながら・・・・。
 ウウッ。(涙)


(去る2月3日節分の日は、僕の誕生日であった。日付が2日から3日に変わった瞬間、僕が何をしていたのかと云えば・・・・、『内P(内村プロデュース)』の「シャッフルコンビをプロデュース」を見て爆笑していたのであった。そんな僕は、『内P』終了後友達からもらったメールによって自分の誕生日を知ったのであった。)