其之八拾勒『賢治と死の旅』の巻



 風に誘われてふいっと空を見上げたら、茜空に二筋、金色のひっかき痕が走っていた。
 ぽっぽっぽと金色の雲を吐きながら、飛行機が空を昇っていく。
 西の空は輝く稲穂色の夕焼けで、あの飛行機から見る夕焼けはどんなもんかなと、ぼんやりと考えたりした。
 こんな風景を見たとき、ふと、宮沢賢治を思い出す。
 『雨ニモマケズ・・・』の出だしで有名な詩の中に、忘れられない一文がある。

 『南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ』

 『銀河鉄道の夜』の中では、死んだ者たちは銀河の向こうにある天上に向かう。「空にはハレルヤの歌声がみちあふれ、きんいろの十字架がかがやき、ひとすじの階段が、たかくたかく空につづいて、その先は、光のはてにすいこまれて消えていました。(『銀河鉄道の夜』より)」。川に落ちた友達を助けて死んでしまったカンパネルラも、その場所を見て「あすこはなんてきれいなんだろう」と呟いている。
 賢治の描く死の後にある世界は、そんな場所だ。
 だから賢治は云う。

 『コワガラナクトモイイ』と。

 賢治自身は胸の病にてこの世を去った。
 病を患ってから臨終まで、賢治の書いた詩の中にはさみしいものも多かったと云う。
 気に入っている詩を紹介しよう。

 『眼にていう』

  だめでしょう
  とまりませんな
  がぶがぶ湧いているですからな
  ゆうべからねむらず血も出つづけつもんですから
  そこらは青くしんしんとして
  どうも間もなく死にそうです
  けれどもなんといい風でしょう
  もう清明が近いので
  あんなに青い空からもりあがって湧くように
  きれいな風がくるですな
  もみじのわか芽と毛のような花に
  秋草のような波をたて
  焼痕のある藺草のむしろも青いです
  あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
  黒いフロックコートを召して
  こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
  これで死んでもまずは文句もありません
  血がでているにかかわらず
  こんなにのんきで苦しくないのは
  魂魄なかばからだをはなれたのですかな
  ただどうも血のために
  それをいえないのがひどいです
  あなたの方から見たらずいぶんさんさんたるけしきでしょうが
  わたくしから見えるのは
  やっぱりきれいな青ぞらと
  すきとおった風ばかりです

               (宮沢賢治童話全集12『雨ニモマケズ』より)

 賢治は豊作の秋九月に亡くなった。
 父親に『国訳妙法蓮華経』を一千部つくり、知己に配布するように遺言。父親はその時、はじめて心から賢治を褒めたのだと云う。すると賢治は、弟たちのほうを向いて、「おれもとうとうおとうさんにほめられた」と面白そうに笑ったのだそうだ。
 それから少し水を飲み、体中を自らオキシフルにつけた脱脂綿でふいて、その綿をぽろっと落とした時にはもう、息をひきとっていたと云う・・・・。(『兄、賢治の一生』宮沢清六・参照)
 賢治もまた、ジョパンニやカンパネルラと同じように、ふと気がついた時にはもう、銀河鉄道の青いビロードの座席に腰掛け、白鳥座の十字星を眺めたりしているのだろうか。
 僕もまた、死んだら銀河鉄道に乗って天上に向かうことが出来るのだろうか。
 今日の空はとてもきれいだった。
 金の稲穂のような空は、なんとなく田舎の秋を思い出させた。
 飛行機は相変わらず、二本の爪を残しながらどこまでもどこまでも空を昇っていく。
 そのようすはどことなく空を駆ける銀河鉄道を思い出させ、それでこんなことを思ったのかも知れない。
 この空を覚えておこうと思った。
 死ぬときにこいつを思い出したら、たとえがぶがぶと血を吐きながらでも、穏やかに死んでいけるだろう。透けた風をふいと感じ、その一瞬後にはガタゴトと揺れる列車に乗っていられればそれが良い。
 『イーハトーヴォ物語』というゲームの最後で、手帳を全部集めて銀河ステーションへ辿り着いた僕に賢治先生が云う。
 「この汽車に乗りますか?」
 僕は頷くと賢治先生の背中を追って汽車に乗り込んだ。
 そこにはゲームの中で命を落とした賢治の童話の登場人物たちがいる。ふと見覚えのない子どもの二人連れを見れば、ひとりの子どもが「どこまでもいっしょにいこうねえ」ともうひとりの子どもに語りかけている。
 列車の最後尾には黒いフロックコートに身を包んだ賢治先生が、僕を待っていた。
 銀河鉄道は昇っていく。
 汽笛を鳴らし、煙を吐いて、空へ、空へ。
 宮沢賢治を思い出す時。
 そこにはいつもうつくしい透けた風景と、わずかばかりの死が存在する。


(おかあさんがお洋服をおくってくれました)