其之八拾八『死出の旅路の物語〜恐山・賽の河原篇〜』の巻



 こんなよく晴れた日には、ふと恐山を思い出す。
 生涯にただ一度足を踏み入れた霊山は、まるで結界を成すように深い霧に覆われていた。
 目を凝らせど、先にはただただ乳白色の膜が漂うのみ。
 そのうち、我々を拒むかのように細かい雨が舞い落ちてきた。
 僕は真っ黒いパーカーのフードを被り、そぼ降る雨の中を進んでいく。
 目的はただ一つ。
 『賽の河原』が見たかった。
 親よりも先に死んだ子どもらが、現世で悲しむ親兄弟の為にただただ石を積む、あの場所だ。
 「ひとつ積んでは父御の為・・・。ふたつ積んでは母御の為・・・。」
 賽の河原には鬼が現れる。
 鬼は子どもらの積んだ石を容赦なく崩し、子どもらはまた最初のひとつから石を積み始めなければならない。それこそが親よりも早く命を落とした子どもの罰だ。
 しかしそんな子らにも救いはある。
 賽の河原には地蔵菩薩が現れる。
 地蔵菩薩は石を積み続ける子どもらをその罪から解き放ち、極楽へと導いてくれるのだ。お地蔵様は子どもらの守り神。水子供養にお地蔵様が祀られてるのはその為であろう。
 足下にはゴロゴロと丸みを帯びたいびつな石。
 『賽の河原』と書かれた矢印は、急な斜面の先を指し示している。
 僕はただただ足下に気を配りながら、白い霧の中を進んだ。
 時折白い霧の中から人影がにゅと飛び出してくる。
 向こうにとって僕もそうなのだろう。お互い驚いたように目を合わせて、それから相手が生きている人間であることに少しホッとする。
 目につくのは石や岩ばかりの恐山。
 その最大の特徴は、緑や生き物などの『生』の匂いがしないことであろう。
 まさに『死』とそれが司る静寂を具現化している場所と云えよう。
 おまけにこの霧だ。
 まるっきり感覚を遮断され、もうどこを歩いているのか、どこへ向かって歩いているのか、生きているのか、死んでいるのか・・・、心がまるで無になって天上の位置すらも解らなくなっていく。誰とも口をきかずに、たった独りで歩いていると、もうこのままゆっくりと死に向かって歩みを進めているかのような静かな気持ちになってくるから不思議だ。
 案外死んでしまえばこんなものなのかも知れない。
 怖れも、不安もなにもない。
 そこにあるのはただただ静寂のみ・・・。
 ジャク、ジャク、と足が石を踏みつける音ですら、もう耳に届かなくなっていく。
 そんな時。
 ふいに、視界が開けた。
 まず目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤だった。
 真っ赤な風車がカラコロと風に舞っている。
 ヒタヒタと水の流れる音がする。
 あちこちに積まれた石の山に、纏わりつくように白い霧が流れていく。
 僕はそこに腰を降ろし、長い長い間、目の前をぼんやりと流れる霧と、まるで意志を持っているかのように回る風車を見つめていた。
 何をするわけでもない。
 ただただ、この世ならぬ光景に魅入っていた。
 自分以外には誰もいない彼の世の世界は、不思議に湿った匂いがした。
 どれくらいそうしていたのだろう。たいした時間ではなかったのかもしれない。だが、時間感覚のない世界の中では、それはたった一瞬のようでもあり、また無限の時のようにも思えた。
 ふいと頬に冷たい空気を感じて、僕は立ち上がった。
 ジャリジャリと石を踏みしめ、斜面を登っていく。途中で小さな女の子とすれ違った。お爺さんの手を引いて賽の河原に向かっていく。
 だんだんと生きる者の匂いが強くなっていくのが解った。
 霧が一瞬、ぷわと晴れる。
 岩のてっぺんから霧の隙間を覗けば、本堂とそれを囲む人々の姿が目に映った。途端に、遠くから人の話し声が耳に流れ込んでくる。
 僕はどうやら彼の世の狭間から無事に俗世に還ってきたようだ。
 僕の姿を見つけてハハが手を振っている。
 丸い石を何個か蹴って、僕は一気に俗世へ降り立った。
 そこでハハから聞いた衝撃の一言を、僕は生涯忘れはしないだろう。

 「あのねえ、明美。イタコはいないのよ〜ぅ。」

 い、イタコ?
 恐山で修行をつみ、その身に死者の魂を降ろすというあのイタコか?
 「そうなの。あのね、今はお休みなんだってぇ。来週の連休にならないとこないんだってさァ〜。」
 ・・・・・確かに僕らが恐山を訪れたのは、連休前の人も疎らな時期であった。そうか、そうだよな。常駐してるわけじゃないんだよな、イタコも・・・。
 しかし衝撃である。
 イタコは恐山にいなかった・・・。
 しかしそれ以上の衝撃が僕を襲ったのだ。
 「あ〜あ、お父さんとお母さん(僕にとってはお爺ちゃん、お婆ちゃん)の霊とお話したかったのにぃ〜」
 そ、そうだったのクァー!?(驚愕)
 今まで「それは霊だよ・・・」という僕の口癖に対して、「霊なんかいないわよゥ〜」と一笑に伏してきたハハのその一言こそが、恐山最大のミステリーであった。
 嗚呼、賽の河原にて魂を無に浸していたあの時間が、もう何十年も昔に思える。
 台無しだ。
 台無しだよ、お母さ〜あ〜んっ!!
 あ、あれ?
 そう云えば・・・・。
 「お父さんはどうしたの?」
 「え〜?今温泉入ってる〜。(恐山には温泉があります)」
 七海家、怖るべし・・・・!!


(恐山の一番正しい愉しみ方をしたのは間違いなく僕だ!!)