其之壱百壱拾蒜『カブトムシの幼虫、もしくは降参した犬』の巻



跳び箱・・・。
 その言葉を聞くと、僕は今でもブルブルと戦慄する。
 おお、友人Y君よ。
 キミはあの時、勇敢にも普通にすら飛べない跳び箱に台上前転でチャレンジしたんだったね・・・。
 あの時のキミの横顔を、僕は今でも覚えているよ。
 どこまでも凛々しく、どこまでも純粋に、どこまでも澄んだ瞳で跳び箱を見据えていたっけ。
 口元に小さな笑みをたたえ、キミは跳び箱に向かって走りだした・・・!!
 が。
 それがいけなかった。
                  ***
 君は『台上前転』を覚えているだろうか。跳び箱の上でゴロンと前転をするという、まさに「だから何?」的なオモシロ運動である。
 事件は僕が小学校5年生の頃、体育の時間に起こった。
 「今日は台上前転のテストをやるぞ〜」という毛深い先生の野太い声に、皆が一様に「ええ〜っ」と反応する。
 体育館には段数の違う跳び箱が何列かに分けて並べられており、それぞれが自分的に「これならイケル!」と思った段数にチャレンジするというシステムだ。
 台上前転の素敵なところは、ある程度の脚力と腕のチカラがあれば、背のちっこい者どもも高い段数をクリア出来る点である。小さくて茶色い男の子がダンダンダンダンと走ってきて、バン!(踏切台)クル!(前転中)ダン!(着地)と自分の背ぐらいの跳び箱をクリアしようものなら、たちまち一部女子が「ぽ〜」っとなってしまうのである。
 跳び箱という競技はちっさい者どもが脚光を浴びる数少ない競技なのだ。
 ちっさい男子代表Y君は、たいへん張り切って高い跳び箱の前に立った。
 おお・・・!
 「俺、これからモテちゃうぜ」的な野性味溢れる目の光・・・!
 コンコン、と軽くつま先を床で叩いて、Y氏は走りだした。
 同じちっさい者として、この七海、是非ともこの勇敢なる行為を応援せねばなるまい!
 (オマエは虎だ!虎になるのだああああああああああ!!)
 手に汗握って僕らが見守る中。
 Yは大きくダン!と踏切台を蹴り・・・。
 手を横に付き、素早く体を丸めて・・・・。
 消えた。
 「おっ?」
 消えたああああああああああああああああああああああああ?????
 跳び箱の上からYの姿が消えたのである。
 次の瞬間。
 ボテっ。
 「わっ、Yーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 アクシデ〜ントゥ!!アクシデントゥ発生〜っ!!
 なんなんだ今の不吉な音は!?金田一先生を呼べ〜!!
 我々はYの姿が消えた跳び箱の向こう側に回り込んだ。
 そこで我々が見たものは・・・ッ!!!
 「あ・・・哀れな・・・!!」
 カブトムシの幼虫のように・・・もしくは降参しきった犬の如く手足を縮こませ、仰向けになってポカンと天井を見つめているYの姿であった。
 「おい、大丈夫か、Y!」
 毛深い先生がYを抱き起こす。
 「あ。・・・・はい」
 おお!!Yは生きていた!!
 「一体どうしたんだ、エエ??」
 「はい・・・。なんか、手を放してしまったみたいで・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(チーン)」
 Yよ。
 オマエは馬鹿だ。
 つまりYは跳び箱に手をつき、すかさず体を丸めたところで、勢いのあまり手を放してしまい、その結果、跳び箱の上を真っ直ぐ回ることが出来ずに、丸まったままの状態で跳び箱の横から落下していった・・・と、そういうわけなのだ。
 これは「プールで背泳ぎをしていて、壁に手がついたからゴールだ!と思ったら、実は進路が曲がっていて横の壁に辿り着いてしまっていた」もしくは「自由形競争でプールに飛び込み泳ぎ切ってみたら、実はフライング騒動でレースは仕切り直されており、自分だけそれに気付かずに出発していた」「鉄棒でスカート回りをしていたら、勢いのあまりスカートが破け、パンツ姿で落下」といううっかり赤面エピソードに勝とも劣らない「情けない」出来事である。
 僕が「虎」なんて云ったから・・・。
 そうだよね、虎は台上前転はしないものね・・・。
 人は丸まったままの状態で落下し着地すると、カブトムシの幼虫もしくは降参した犬の格好になるのだ・・・。
 僕らはまたひとつ賢くなってしまった。
 その後「念のため」と保健室に運ばれたYであったが、お尻の上部にもの凄い青あざをつくって帰ってきた。
 彼曰く、
 「僕はあの時、確かに妖精を見た」
 と。
 では僕らも云おう。
 「僕らはあの時、確かに阿呆を見た」
 と。
 Yよ、こうして君のあのアクロバットは我々の思い出となったのだ。
 しかし・・・・妖精か、ぷぷ。


(小学生は加減を知らないよね。)



A Theatrical Campany yakoudou