| 其之壱百参拾護『涙』の巻 |
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電車が脱線した。 そのニュースが流れた日、ハハから一本の電話がかかってきた。 「電車の先頭に乗っちゃ駄目よ」 いつものトーンでポロリと云うから、何の冗談だろうと思った。 会社で仕事をしていた僕は、そのニュースのことをまだ知らなかったのだ。 ハハは、幾つもの病院を回って最後に辿り着いた遺体安置所で家族と対面した遺族の人の話をして、最後に「そうなったらお母さん、明美のこと探さなきゃいけなくなるから・・・だから電車の先頭に乗っちゃ駄目よ」と呟くように云った。 僕の大好きな漫画に「ある朝の新聞に君の写真が乗っていて、君が死んだよと云う。そんなのは嫌なんだ。」という意味合いの台詞がある。 朝「行ってきます」と出ていった人が、もう帰ってこない。 小さな希望を持って病院を巡っていた人が、最後に遺体安置所へ足を向けざる得ない。 それがどんな気持ちなのか想像もつかない。 ただ、ポロポロと涙がこぼれる。 毎日その電車に乗っていた人。 たまたまその日、その電車に乗った人。 一両目に乗っていた人。 二両目に乗っていた人。 三両目に乗っていた人。 誰もきっとその日、そんなことが起きるとは思っていなかったはずだ。 家族を亡くした人。 友人を亡くした人。 恋人を亡くした人。 誰もきっとその日、その人ともう会えなくなるなんて思っていなかったはずだ。 自ら怪我を負った人。 何時間も狭い車内に閉じこめられていた人。 一緒に乗っていた家族や友人を必死で探す人。 誰もきっとその日、自分が「生存者」と呼ばれることになるなんて思っていなかったはずだ。 電車が突っ込んだマンションの住人は、「もうあそこには住みたくない」と取材に対して語っていた。 それに、事故を起こした運転手。 時間と罰則のプレッシャーを感じながら運転していたのではないか、と云われるその時の彼の心情をこの世の誰も正確に言い当てることは出来ない。 遺族の前で頭を下げるJR西日本の社員。 遺族を「被災者」と呼んだあの人。 一転二転する情報。 私鉄との競争よりも、電車を利用している人たちの安全を何故考慮出来なかったのか。自分たちの体裁を繕うよりも、被害に遭われた方々のケアに何故力を尽くせなかったのか。自分の会社働く従業員を、何故安心して働けるような状況に置いてあげることが出来なかったのか。 もしかしたらあの日。 大切なあの人が「いやあ、今朝電車遅れちゃってさあ。参ったよ」そうぼやきながら帰ってくる、そんな選択肢も有り得たのではないだろうか。 もしかしたらそれで大事な会議に遅刻して上司に怒られたかもしれない。 予定していた飛行機に乗り遅れたかも知れない。 急いで駅を走っていてすっころんだかも知れない。 どんな出来事だって、死ぬことに比べたらずっといい。 生き残って心に傷を負ったまま生きていくことに比べたら、ずっといい。 僕はこの事故に関しては傍観者の一人でしかなく、上に挙げた立場の方々の気持ちを同じように感じることは出来ない。 ただ、事故が起きてから、「僕の周りに人がいること」を当たり前だと思っていた自分に気付いた。 ハハも親父も電話をかければ声が聞けると思っていた。 友達連中だって呼べば会えると思っていた。 今日もどこかで元気に生きてる、と当然のように感じていた。 でもそうじゃない。 こんなふうに突然ふっと「さよなら」も云わないでいなくなってしまうことがある。 こんなふうに突然ふっと「さよなら」も云えずに消えてしまうことがある。 こんな事故でもない限り、そんなことを気付けないなんて情けない。 本当に情けなくて。 涙が出た。 (ほんとうになんだか・・・やるせないですね) |