其之弐百参拾蜂『僕の台風体験』の巻



信号青の横断歩道を普通に渡っていたら、左折してきたバスに普通にクラクションを鳴らされた普通の僕は、一体どうやってアイツ(運転手)に嫌がらせしてやろうかと考える。
『サラリーマンNEO』を見ながら考える。
例えばこんなのはどうだろう。
『ヤツが走らせるバスの周りを、始終黒塗りの車で固めてやる』
これは相当怖い。
『ヤツの背後の席に勤務時間フル対応で霊能者を配置。何故かシクシク泣いたり、「辛かったんだねぇ」などと語りかけてくる』
精神的に痩せ細れ!
『バスに乗る人乗る人が何故かパイを持っており、ステップでコケてヤツの顔にパイを命中させる』
ここまでくると、もうこりゃドッキリだ。
そして最終的に、
『夜神月とFBI捜査官が乗り込んでくる…』
でシメだ。その後には間違なくバスジャック犯が乗り込んでくるぜ!
こんな仕返しはどうだろうかと北の民に話したところ、「そりゃあ手がかかりすぎるぜ」と笑われた。
ならば貴様が提案してみよ。
「そうだなー。オレだったら、ヤツの勤務終了帰宅中を狙ってクスリで眠らせ、素っ裸にしてバスの天井に乗せとくなー。十日くらい続けばきっとしゅんとすんだろー」
ううっ。なんて悪いヤツだ。よい子の皆さんは、どんなに憎いヤツがいても絶対に真似しないように。バスの天面に素っ裸のヤツをちょこんと乗せておくなどとは…!まったく笑いが止まらんわい!(爆)
なんだかよくわからんが、ついでに隣にセミの死んだの置いたろ。てい!
少女のはくニーソックスだけ履かせたろ!ヤァ!
そして額に『肉』…!
あぁ、だいぶスッキリした。
…とある日の妄想仕返しである。

台風がやってきた。
密かに「明日関東に上陸したら会社いかんでいいんじゃネェのか…ニヤリ」と、気象情報を見ながら一人笑う。
ウケウケウケケケケ。
幼い頃、台風やら豪雨やらがやってくると、小学校から早く帰してもらえることがあった。
我がハハは車の免許を持っていないので、お迎えに徒歩で現れる。
片手に僕の長靴、片手に自らの傘を持ち、自らもカッパと長靴の完全装備で現れる。
車でお迎えにくるお母さん方が軽装なのに比べ、我がハハのなんと重装備なことか!
長靴片手に正門脇に仁王立ちである。
目の前にドーンと置かれる長靴…。有無をいわせず履き替えだ!
そしてお互いの手をぎゅうと握り締めながら、荒れ狂う風雨の中、徒歩で我が家を目指すのだ。
風がびゅおおオオオオオ!と吹き荒れ、傘を煽る!
幼い頃よりフトモモがしっかり肉付いていた僕は、しっかと地を踏み締めて前へ進む。
しかし…!
強風がブオッと吹いた瞬間、斜め前を歩いていたハハの歩がピタリと止まった。
「ど…どうしたハハよ?」
「…えて…」
「へ?」
「…さえて…」
「な、なに?」
「お母さん飛ばされそうだから、押さえてえええええええええええええええええええええ!!」
う。
ウソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
ママン!我がママン!何を云っておられるのか!?いやしかし待てよ。我がハハの体重は42キロ程度。それに加えて、運動を一切したことがないこの無筋力加減。うむ…。こりゃ飛ばされるかも知れぬわい。
そういや、このまえ横風に煽られて、ふらふら横歩きした挙げ句、田んぼに落ちそうになったのを見たっけな。
あの時はそばを歩いていた親父殿に止められていたが…、親父殿がいない今、この娘が止めねばなるまい!
我がハハが飛んで行くのをサァ!!!!
僕は意を決し、ハハの腰にガシッとしがみついた!
僕の傘が風に飛ばされて、遥か後方へ消えて行く。
ハハよ!我が体重を重りとして耐えよ!
一体これはどんな図か?
傘をさした母親の腰に、カッパ一丁の子どもががっしりしがみついて一歩も動かぬ。
車道を悠々と走っていく車のドライバーよ。俺たちのことは気にするな。
道端の地蔵のような僕らを気にするな。
地蔵親子はその後、風がおさまった一瞬を見計らい、一気に家への道を駆け進んだのであった。
…家に帰れてよかった…!
お気に入りのピンクの傘を派手に吹っ飛ばし紛失した、とある日の台風体験であった。

(明日関東に近付く台風よ!我に休日を!ババーン!)