其之弐百麓拾七『脳内物語「結」』の巻



その日僕らは調子が良かった。
少年サッカーチームの試合に勝ち、帰りの電車ではチーム全員が盛り上がっていた。
マナハは自分が決めたシュートの再現をしていたし、ツメヒコはいつもの馬鹿笑いを響かせていた。
ふと見ると、プーとウジがニヤニヤ笑いながら何かを話している。
僕は最初、それが二人の間の話だと思っていた。
が、どうやら違うらしい。
奴等は目の前に座っている老人に向けて、何かを言っているようなのだ。
何故か興味がわいて、僕は二人の元へ近付いた。
「汚ェなぁ。座席汚れんじゃネェの?」
「クスクスクスクス…オジサンあれ?社会不適合者ってやつ?終電になるまでこうやって電車乗ってんだろ?」
老人はうつむいている。
確かに着ている服やわずかに外に出ている肌が、薄汚れていた。
顔なんか伸び放題のヒゲと汚れで元の人相なんか全然解らない。
僕はその日調子が良かった。
僕は鼻歌を歌いながら二人に近付くと、グッと肩を掴んで無理矢理間に入った。
「なーにやってんだよオマエら」
プーとウジがギョッとしたように僕を見る。
僕は続けて言った。
「老人いじめちゃ可哀相だろー。黙って座らせてやれよー」
そこで一息。ニヤッと笑ってみせる。
「どーせコイツ、もうすぐ死んじゃうんだから、な」
プーとウジの目が丸くなった。
一瞬の間の後、爆笑。
ゲラゲラゲラ!!
見ろよ、僕、今日絶好調、だぜ!

深夜一時に電話が鳴る。
誰だよこんな時間にウルセェな。
ピッ。
「もしもし?」
『君の未来を教えてあげましょう』
「…は?っていうかアンタ誰?イタズラだったらぶっ殺すよ?」
『知りたくありませんか、未来?』
ソイツは初老の男の声で、小さく誘うように笑った。
「…言ってみろよ」
『あなたはこれからたくさんの試合で華々しい活躍をするでしょう』
「…それで?」
『中学、高校と地元の名プレイヤーとして、人々から尊敬され、親も誇らしげ、勿論女の子にもモテて…』
「ふふふふふ…」
『君は思い上がります。自分が居なければ世の中は回らないとすら思う程に。自信過剰。君の小さい頃からの悪い癖です…ふふ』
「才能のあるヤツが自信を持って何が悪い?現に未来の僕はそうやって成功したわけだろ?!」
『いいえ』
「…は?」
『あなたは成功などしなかったのです。うまくいったのは高校までのこと。地元という狭い場所でプレーしていた間だけのこと。広い世界へ出て、君は思い知ります。自分がちっとも特別なんかじゃなかたたことを』
「………」
『君が初めて目にした世界では、君ぐらいのプレーが出来る人はそれこそ山のように居ました。そして本当の天才の姿も。君は、負けたのです』
ブチッ。
「はあっはあっはあっはあっ…」
気が付くと、僕は電話を切っていた。
時計を見れば一時十分。
まだ肌寒い季節なのに、僕の額には汗が浮かんでいた。

深夜一時に電話が鳴る。
今日は散々だった。
あれからロクロク眠れないまま行った学校では、授業も耳に入らず、サッカーの練習もボロボロだった。
僕は黙ってケータイの電源を落とし、眠りについた。

次の日も、次の日も電話は鳴った。
電源を落としても、別の部屋にわざと置いて来ても、深夜一時になると何故か僕の枕元で電話は鳴った。
♪♪♪♪♪♪。
ピッ。
電話を切ってから一週間後、僕は深夜一時の電話をとった。
何故だろう。
きっと、疲れてしまったんだ…。
『プロサッカー選手になんてなれなかった君は、普通のサラリーマンになります。ろくに勉強もしてこなかったせいで仕事が出来ず、その性格のせいで友人も出来ず、孤立して、数年後解雇されるのです』
「………」
『サッカー選手になるといって出て来た手前地元にも戻れず、君は行き場所がなくなり、路地裏で独り、無様にのたれ死ぬのです。それが君の未来です』
ツーツーツー…。
電話は切れた。

それっきり深夜一時に電話はかかってこなかった。
あれから30年、私は河川敷の草原の中な体を埋め、何にもない空を見つめている。
着ている服やわずかに外に出ている肌が、薄汚れていた。
顔なんか伸び放題のヒゲと汚れで、もう誰も元の私の顔など解りはしまい。
「アイツの言う通りになっちまったな…」
私は誰に言うともなしに呟いた。
♪♪♪♪♪♪。
ケータイが鳴る。
私はその子のカバンからケータイを取り出し、耳に押し当てた。
『ねぇ、僕が話した未来通りになったでしょう?』
「…深夜一時じゃないじゃないか」
『ふふふ…そうだね。だけどもう君には時間なんて関係ないじゃない』
ソイツはボーイソプラノでケタケタ笑った。
「一つだけ合ってないことがあるぞ」
『なに?』
「オマエは確か、私は路地で独りのたれ死ぬんだと言った」
『凄い。よく覚えてるね』
「だけど私は今独りじゃないし、青空の河川敷にいるぞ!アハハハハハハ!!」
『だから何だよ?』
「だから何だよ?」
ボーイソプラノが重なった。
いつの間にか、私を数人の子どもたちが囲んでいた。
サッカーチームのユニフォーム。
「オッサンかあ、オレらのダチボコって連れ去ったの」
「あーあ…息してねぇじゃん。どーすんのコレ?」
私の横には、真っ白い顔をした男の子が眠っていた。
「あーあ、社会不適合者が殺人犯に格下げかよ。しゃーねぇな。ケーサツに通報すっか」
「…オマエらが…」
「あぁ?」
「オマエらが悪いんじゃないか」
「何がだよ?」
「電車の中で私を馬鹿にしただろう!?私を蔑んだだろう!?私を軽蔑しただろう!?だからこれは報いなんだ!こうなって当たり前なんだ!」
「何言ってんのオッサン?頭おかしいんじゃねぇの?」
「私は昔サッカー選手だったんだ!!チームを何度も優勝に導いた最高のプレーヤーだったんだ!地元では知らぬ者はいなかった、僕こそがあの時確かに一番だったんだ!!」
少年たちは押し黙って私を見ている。
やがてケータイを取り出していた少年が、小さくため息を吐いた。
「でも結局ダメだったから、こんなんなっちまったんだろ…オッサン」
わああああああああああああああああああああああああああああと叫んで私は走り出した。
少年がケータイに向かって何かを話しているのが目に入る。
きっともうすぐ警察が私を探すだろう。
だけどそんなことはもうどうでもいい。
私は走っている!
あの頃と寸分違わぬ速さで!
私の足に吸い付くようにして転がるサッカーボールが見える!!
見ろ!やっぱり僕は、今日、絶好調だ!!

ズシン…。

その男の体は、遥か舞い上がり小さな路地の間に吸い込まれて行った。
彼をはねた車はとうに走り去ってしまった。
目撃者はなく、僅かに息があった男を誰も助けることはなかった。
深夜一時、電話が鳴る。
男は握ったままだった少年のケータイを震える手で耳に当てた。
『ほらね、私の勝ちだったでしょう?』
初老の男の弾むような声がする。
「何故だ…何故…私が…こんな目に…遭わなきゃ…ならないんだ…」
『あれ?気付いてなかったんですか?』
初老の男は意外そうな声を出す。
『電車の中で君ら騒いでいたでしょう?あれ、凄く煩くて不愉快だったものですから』
「…それ…だけ?」
『ええ。それだけ。でも、当然の報いでしょう?君もさっきそう言った』
この路地にはたった独り。
しかし男の耳には確かに電車がゴトゴトなる音と、少年たちの甲高い笑い声が聞こえていた。
『汚ェなぁ。座席汚れんじゃネェの?』
『クスクスクスクス…オジサンあれ?社会不適合者ってやつ?終電になるまでこうやって電車乗ってんだろ?』
『老人いじめちゃ可哀相だろー。黙って座らせてやれよー…』
薄れ行く意識の中、男は最期の力を振り絞ってこう尋ねた。
「オマエ…一体何なんだ…」
初老の男…彼の声はいつしかボーイソプラノに変わっていたが…は、クスクス笑いながら男に言った。
『そんなの言ったところでどーしょーもないじゃん』
ああ…と男は思った。
あの頃の自分の言葉が甦る。
「どーせコイツ、もうすぐ死んじゃうんだから、な…?」
『…正解』
そうして男はのたれ死んだ。


(よちさんが無双を始めましたー!!ばんざーい!!これで『塊魂』『ロコロコ』『激・戦国無双』と三つ同じのが揃いましたー!次は…『モンスターハンター』で一緒に狩りなど如何でしょうか?ニヤッ)