其之弐百質拾鹿『憎き食べ物』の巻



コッペパンが憎い。
小学校時代の悲惨な給食の思い出が、僕をこんなにもコッペパン嫌いにさせている。
今は改善されているやも知れぬが、僕らの時代福島県浜通りの某学校では週4日、給食の主食がコッペパンだった…。
元々パンがあまり得意でない上に、おっそろしくマズくて固くてパサパサしたコッペパンは、僕にとって拷問以外の何物でもありゃあせん。
子どもの食欲増進考えたらもっとフカフカにせぇよ給食センター!
何故人の頭を叩いたら「ぼすっ」って鳴るか。(如何に固かろうとコッペパンで人の頭を叩いてはいけません)
いちごジャムが添付されて来る日はまだいい…。甘いというだけでまだ癒される。
しかし大半はカッチカチのマーガリンが添付されており、僕は涙しながらそれを汁もの椀の下に敷いて溶かすのだった…。
ハイジはいいさ!
フカフカの白パンだもの!
こちとらカチカチのコッペパンを前に、三日で既にノイローゼだぜ!
そしてまたそこに瓶に入った生温い牛乳がつくことで、小学時代の僕の『パン・牛乳の欧米的給食に対するブルーな気持ち』に拍車がかかる。
瓶牛乳は要注意だ。
瓶はヒンヤリ冷たくても、中の牛乳は既に生温いぞ!
この時に体験した乳臭生温牛乳の余波により、僕は未だに濃ゆい牛乳が苦手だ。(コーヒーやいちご味のものや、低脂肪乳なら飲める)
生温い牛乳とモサモサコッペパン、僅かに塩っ気のついたマーガリンにさしてうまくもないオカズたち…。
ハハに「今日は給食何が美味しかったの?」と笑顔で問われた小学校時代の僕は、うすら暗い顔で一言。
「肝油…」
と答えたと言う。
週に一度ある米(もしくは麺)の日は、唯一心が華やぐ日ではあったが、配給される飯の量が「育ち盛りナメとんのかいワレェ」とメンチをきりたくなるほど少ない上に、そこに混ぜ込まれるゆかりやかおりの支給量も驚くほど少なかったため、いつも味のついている場所とついていない場所があった…。
コッペパンは叩き割りたくなるほどにデカいくせに、何故飯はあんなに少ないのだろうか。
後に宮城県に転校し、毎日の給食で当たり前のように小型容器に入ったホカホカの飯が出て来るのを見た時、「米の国万歳…!」と感涙。
宮城の民たちに不審がられたものだった。
レバーが駄目と認識したのも給食がキッカケであった。
ある日の給食。
甘酢に絡められた酢豚状のオカズが登場した。
「肉だ肉だ」と沸き立つ小学生ら。
表には表さなかったものの、僕の心も無論躍り放題躍っていた…!
だって肉だすもの。
「おあがりください!」
「いただきます!」
おお愚かなり小学児童。
我々の敗因は『メニューを確認しなかったこと』なり…。
いただきますの挨拶から数分後。
「グハッ…!」
「ゲハッ…!」
「オエア…!」
「ンゴッ…!」
肉らしきものを口にした児童たちに異変が…!
おお、子どもたちがレバーを吐き出す地獄絵図。
好きなものを最後にとっておくタイプの僕、もがき苦しむクラスメイトたちの姿を目の当たりにし、しばし唖然。
まさか…こんな美味そうなお肉様がマズいだと!?
フッ…まさかな。
震える箸先で塊を掴み、いざ口の中へ…!!
「んごはあっ!!」
…撃沈…そして、沈黙。
一人冷静で大人な担任教師は、クラスの異常事態の中「みんなー、一度口に入れたもんは飲みこまなまきゃ駄目だろー」と味も素っ気もない口調でそう言った。
こうして給食容器には運ばれて来た時とほぼ同量の酢豚風レバーが戻され、そんな結果を受けた給食会は深く反省したのか、二度とレバーを給食に差し込もうとはしなかった…。
生徒の殆どがオカズが一品食べられなかったその日の午後の授業は、まるでグダグダで覇気がなかったが、先生もさすがにそれで怒ろうとは思わなかったようだ。
むしろ怒っていたのは僕のほうで、家に帰ってなお「あんなマズい肉は見たことがないムンフー!」と鼻息荒かったが、親父殿より「そりゃ肉じゃなくて内臓だよ…」と真実を告げられ、「信じられん!!社会は嘘つきだ!」と地団駄を踏むこととなったのだった…。
そんな悲しき体験より、僕は未だにコッペパン・牛乳・レバーが嫌いなのだ。


(夏は刺身コンニャクがうまい!月のうさぎっちゅう商品にハマっています。そして夏にはスモークチーズ!うまい!)