其之弐百旧拾七『七海家温泉地訪問』の巻



今回のお宿は、何やらハハのお勧め宿とのこと。
テーマはズバリ『大人な宿』。
平屋で部屋数も少く、人生経験豊富なお年の夫婦たちがのんびりと泊まりにくるような雰囲気を醸し出している。
いいのかオレよ、ジーンズスニーカー丸出しで…。
親父殿と母御の後について入り口を上がれば、既に仲居さんが僕の荷物・父母のボストンバック・七海家旅行必須おやつ入りバスケットをドドンと抱えてスタンバイ。
「お、重くないッスか!?」と問えば、「大丈夫ですよぉー」と朗らかなお答え…プロフェッショナル。
廊下のあちらこちらにお洒落なランプや絵画・置物などが飾られていて、どこもかしこもモダンである。
部屋へと通されれば、ぬおっとビックリ。
入り口すぐ横にちょっとしたスペースがあり、ちゃぶ台と座布団が並んでいるではないか。
そばには飾り棚と仄かにオレンジ色のランプが、辺りを優しく照らしている。
何から何までモダンだ。
そんな大人な宿で七海家が出会った様々な出来事を御紹介させていただこう…。

●桶風呂ブクブク
温泉といえばやはり風呂。
タオルとバスタオルが脱衣所に用意されており、使い終えたら使用済みタオル入れにポイッと出来るので、常に新しいタオルが使える素敵システム。
手ぶらで行けるのが利点だが、我がハハは逆に「あれっ?お母さん何も持ってこなかったっけ?忘れ物ないっけ?」と逆に心配性っぷりを発揮することに…。
お湯は透明無臭で、真っ白硫黄臭の好きな僕としては少しガッカリであったが、しばらく浸かっているとたちまち汗が噴き出す辺りは流石に効能有りか。
露天は樽風呂。
早速入ってみよう。
ブクブクブクブク。
何故か…樽風呂のあちこちから泡ぶくが出ておる。
ジェットバスのように激しくはなく、マイペースな強さで出る泡…一体これはどのように活用すべきか。
とりあえず腰や肩に当たるようにしてみる。
ブクブクブクブク。
うむ、これはなかなかよい塩梅だ。
次に肉たぷたぷの腹に当ててマッサージ効果を期待しよう。
む…腹に当てるのは難しい。
腹を泡に当てようとすると、ケツがぷこーっと浮いてしまうではないか。
僕とハハしか入っていないご婦人用大浴場…しばしケツをぷこーっと浮かせて腹に泡ぶくを当てていれば、内風呂のハハが手をブンブン振っている。
何事かとよくよく観察してみれば、「やーめーなーさーいっ」と口が動いていた。
僕、ケツプカでハハに叱られる。

●シシトウの罠
宿の食事は楽しみの一つだ。
好き嫌いが多いハハが気に入ったという噂の食事をいただく事とする。
味わい深い器に入って少しずつ運ばれてくる料理たちは、地のものを活かしながらどこまでも上品薄味で手間のかかったものばかり…どれも大変美味しかった。
剥きたての栗を使った栗おこわ、様々な野菜の素揚げ、鯛のお刺身などなど続いた後には、メインのお肉様がやって来る…!
地元の有名お肉を、自家製の大吟醸の粕に漬けて焼いたものを、ハハ分まで喰らう浅ましき僕。(爆)
「お肉様に呼ばれまして…」がキメ台詞。
このお肉様には付け合わせとしてシシトウが二本ついていたのだが、そのうちの一本を父がガブリと噛んだ直後に事件勃発!
「かっ…辛…辛あああああああああああああああああああああああああああ!!」
僕はいまだかつて「辛い」という理由で、我が家の木場シュウ(顔が四角い)が叫んだのを見た事がなかった。
…この時までは。
「かっ…辛ッ!辛ッ!」
親父殿、まずはハハの飲んでいた烏龍茶をぐいー!足らずに瓶よりコップにドクドク注いでぐいー!
流石に自ら飲んでいたビールでは辛さは押さえられぬか。
その後タオルで口を押さえ、洗面所へダッーシュ!
軽く涙目でありながらも数分後には無事帰還した。
その間、僕が他の全てのシシトウを全食いしてチェックしたところ、どれも辛くはなく…父が偶然にもミラクルな一本を勝ち得てしまったことが発覚!
父よ…災難でありました。

●方向音痴列伝
宿に来てから一発目の風呂出陣時、ハハが自信満々で言った。
「お母さん、この宿二回目だから、お風呂まで案内するわ!!」
こういっては何だが、我がハハは正真正銘地図の読めない女である。
しかしここまで言い切るならばついて行ってみよう。
部屋を出て…
「左よっ!」
トコトコトコ…。
「あらっ?違うお部屋だったわ!」
母さん、黙って僕についてきてくだせぇ…。

●北の民たち
親父殿、ふとしたことより、食事を運びに来た仲居さんと話が弾む。
専ら話題は、地方でもめている合併話…。
どことどこが合併しようとしているが、市の名前や色々な絡みでうまくいかないと。
ところで僕は目の前に置かれたばかりのほくほく煮物を食べたいのだが…その辺りはどうしたものであろうか。
流石に細かい地名まで入るとよく解らぬものの、父母を差し置いて一人煮物をあぐあぐ喰らうわけにもいかず…娘はただただテレビ画面の中のイノッチを見つめ続けるのであった。
これがお肉の時だったら、おそらく歯を剥き出していたに違いない。
つくづく煮物で良かった。

●便所のネコ
部屋のトイレにネコの飾り。
そばには「ご用の時にお引きください」のメモ。
尻尾を引いてみる。
静かに流出すメロディ…。
アンニュイな調べに爆笑した僕は、早速ハハに便所のネコの事を伝える。
かくして一泊二日、僕とハハがトイレにいる間には、必ずアンニュイメロディが流れる事となったのだ…。

そんなこんなの一泊であったが、ハハの推薦通り飯が大変うまく、七海家大満足であった。
朝飯に焼きたて油揚げが出てきた瞬間、我昇天。
生姜醤油で熱々を喰らえば、また格別である。
最後のお会計で、お釣の小銭を運ぶ際にぶっあ〜んと気前よく床に散らばった事も、見なかったフりをせねばなるまいて…。

(人間ドックを前に大変アンニュイであります!)