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正義の味方。 「俺はお前のそういうところについていけないと思う」 突然、コイビトはそう言って、目を伏せた。 いきなり重い空気になった理由が分からず、皿に残っているパスタをまとめて口に放り込んで咀嚼しながら、私は考える。 今朝、通勤電車であったことを話しただけだったんだけど。 それは今朝のこと。 田舎へ向かう通勤電車(職場が田舎方面にあるもので)は、いつも通りの微妙な混み具合だった。 つまりは・・・ギュウギュウと言う程ではないけれど、全員に座席が与えられているわけではない、という具合の。 運悪く、席取り合戦に負けた私は、適当な座席の前でつり革につかまって立っていた。 どうせ、次の駅で3割のヒトが降りるのだ。一区間くらいは平気だ。 私の目の前の席に座っていたのは、見たら5秒で顔を忘れるような、平凡な顔立ちの(人のことを言える顔してるのか、という突っ込みはさておき)スーツ姿のサラリーマンのおっさんで、ちょっと足を広げて座っているのが気に食わないでもなかったが、まぁ許容範囲。 ついでに、そのおっさんが、コンビニのビニール袋からお握りとお茶を取りだして、ムシャムシャと食べ出したのも・・・まぁ、いいだろう。朝、忙しくて朝食が取れなかったとか、低血糖症で、常に何かを食べていないと具合が悪くなる質であるとか、事情があるのかもしれない。・・・余りいいことだとは思えないけど。何というか・・・女子高生の化粧直しくらいの『やれやれ・・・』とした脱力感はある。尤も、6年間も通勤電車に乗っていれば、そんな光景は日常茶飯事で、いちいち目くじらを立てていてはこちらの身が持たない。 しかし。彼が次にした行動には、目を疑った。 グシャッ。 食べ終えた後のゴミをまとめてコンビニのビニール袋に入れ・・・座席の隅にねじこんだ音。 その後、彼はカバンの中から文庫本を取りだして、熱心にそれを読み始めた。 ・・・嫌な。嫌な予感がした。 そして、それは的中した。 車内アナウンスが駅に近付いたことを告げる。サラリーマン氏は、文庫本をカバンにしまって席を立った。 座席の隅に押し込まれたゴミには目もくれず。 『信じられん!!!』 むかっと来た私は反射的にそのゴミを手に取り、降車間近の彼を呼び止め、身体の前に差し出して、にっこり微笑みながら言ってやった。 「お忘れ物ですよ」と。 サラリーマン氏は、少しだけ嫌そうな顔をしたものの、素直に受け取って電車を降りていった。 ・・・という話。 一体、この話の何がコイビトの気に障ったというのだろうか。 恐る恐る訊いてみた。 「ついていけない・・・って何? 何の話?」 「だから、そういうトコロだよ! 制服でタバコ吸ってる高校生に注意したりとか! オレが吸い殻をポイ捨てした、とかいって街中で怒鳴ってみたりだとか! 家のゴミを近所の公園に捨ててた人見つけて、説教してそのゴミを持ち帰らせたとか! ペットボトルのフタと本体を分別するとか!」 「・・・最後のは何か違うような気がするけど・・・」 「とにかく、そういう、やたらと『正しい』ところが、嫌なんだ。一緒にいると、自分が間違った人間みたいに思えて・・・息苦しいんだよ!」 「そんな・・・だって、今までそんなこと一言も・・・」 「言えなかったんだよ! お前のやってることの方が正しいから! 間違っているのは常にオレの方だから! 言えるわけないだろ・・・」 項垂れるコイビトに、何を言っていいか分からない。私も、割とショックを受けていた。 しばらく、私たちの間を沈黙が流れた。 「しばらく、距離を置きたいんだ。この先、お前と付き合っていける自信がつくまで」 コイビトは、そう言い置いて席を立ち、店を出て行った。 「・・・おごるって言ったクセに・・・」 一人取り残されて、そんなどうでもいいことをつぶやく私だった。 別に・・・正しいとか間違っているとか、そんなことを考えて行動していた訳じゃなかった。 不快だと思ったこと、嫌だ、と思ったことを口にしていただけだ。 ・・・それは、そんなに人から見ると傲慢で不遜なことなのだろうか。 分からない。 家に帰ってからも、コイビトに言われた言葉達がグルグルと頭を巡り、その晩は嫌な夢ばかり見た。 最悪の目覚めだ。 でも、会社には行かねばならない。 グズグズと支度をし、グズグズと駅に向かい、いつものホームでいつもの電車を待つ。 ・・・そも、そも、あの日この電車に乗らなきゃ、こんなことには・・・。 そう、思った瞬間だった。 ふいに横から肩を叩かれた。 振り向くと、制服姿の知らない男の子がいた。 「あ、やっぱ、そーだ、あん時のおねーさんだ」 何だ、何だ、朝からナンパか? 学生の身分で生意気な! 思わず身構える私に構わず、彼は人なつっこい笑顔でベラベラとしゃべり出す。 「おねーさんさ、昨日、電車でオヤジにゴミ持って帰らせたじゃん? オレ、あの時、横にいたんだけどさ、いやぁ、スッとした。おねーさん格好良かったよぉ〜!!」 「・・・へ?」 惚ける私に向かって、少年はニカッと笑うと、 「うん、それだけ。あ、電車来たね。一緒に乗ろうよ。あのオヤジ今日もいるかな?」 と言いながら私の横に並んだ。 「待て」 私はムンズと少年の手を掴むと、微笑みながら言った。 「順番を守りましょうね。アンタは、一番後ろ!」 少年は「ハイハーイ、分かりましたよ〜♪ おねーさん結構キビシーよね!」と言いながら、素直に私の横を離れて、列の後ろについた。私の隣にいたオバサンが、私たちのやりとりにちょっと笑っているのが目の端に見えた。 少しだけ、楽になった気がした。 |