その場所を見たとき、「ああ、ここだ」と思った。 ここがいい。ここならきっと誰にも見つからない。 管理している人も特にいないようだし、この道は夜になれば驚くほど人通りが少ない。 私は、随分長い間その荒れ放題の空き地を眺めていたらしい。ふいに、横を通り過ぎていった車のクラクションで我に返り、再び歩き出したときには、すっかり身体中が冷え切っていた。 かじかんだ指先をこすり合わせながら駅まで歩く道すがら、私は考える。 ・・・あとは、どうやってその隠すモノを作るか、だ。 暖房の効いた車内に腰を落ち着かせて、『人を死体に変える方法』についての計画を具体的に練りはじめて、私はようやく、自分が『彼』を憎んでいたことに気付いた。 私の背丈ほどの草が生い茂るあの空き地に、死体を一つ、放置したい、と。 私はそう思っている。 私の恥と・・・プライドのために。 それは、食堂で安いだけが取り柄の定食をボソボソと一人で食べていたとき。 『彼』の声が、背後から聞こえた。 「馬鹿だよなぁ、コイツ。上手に遊べないなら、浮気なんかしなけりゃいいのにさぁ」 チラと食堂に置かれたTVに目をやると、会社員が不倫相手に刃物で刺されて死亡、というようなニュースの最中だった。 特に耳をすましたつもりはないのだけれど、昼休みも終わりかけで人があまりいなかったこともあり、『彼』と彼の同僚達の話し声は、私の耳にも良く届いた。 「え? 何スか、平田さん。まるで自分は上手に遊べるみたいじゃないスか?」 「ん? いや、まぁね。少なくともこの男よりは、ね」 「あ〜! やっぱりそうなんだぁ!! ちょっと子供生まれたばかりなのにやばくないですか、それって?」 「あのさぁ、遊びだから、遊び。お互い納得ずくの。最初に、そう云っておけば、こーいう深刻なトラブルにはならないんだって」 気付いたら、立ち上がっていた。ゆっくりと声の方を振り返る。 「誰にも知られないように続けることなんか、簡単だよ」 目が合った。 瞬間、まるで「な?」と同意でも求めるかのように『彼』の唇の端がそっと上がった。 多分、誰も気付かなかっただろう。でも、私には見て取れた。その意味が。 周りの人が見て奇異に思わないように注意しながら、手早く目の前の食器を片付けて食堂を後にする。 我ながら、見事なモノだ。顔色一つ、足取り一つ、乱すことなく。 数ヶ月前。 『カミさんが、下の子の出産で実家に帰っててさ、寂しいんだよね』 とぼやいた彼と一緒にお酒を飲んで、寝た。 誓って云うが、彼に恋してた訳ではない。 誘いを断るのが面倒だっただけだ。 『明日からは、いつも通りだからね? 約束だよ?』 と、くどいくらいに繰り返した彼は、翌日の私の態度が本当に『いつも通り』であったことに、やや拍子抜けしたようだった。 いつも通りに決まっている。 彼にとって、『妻不在の間の遊び』であったように、私にとってもそれは『帰るのが面倒くさいから、泊まった』だけのことだったのだから。 その後、2・3度同じようなことをした。 男というのは本当に変な生き物だ。 自分はその場の勢いや欲望だけで突き進むのに、どうして女が自分に抱かれるのは『自分を愛しているからだ』と単純に思い込めるのだろう。 彼は完全に勘違いをしているようだった。 私の沈黙は『アナタの家庭を壊す気はありません』という私の気遣いだと思い、自分は『妻と子がいる身で、独身の同僚を夢中にさせている』罪な男なのだ、と思っている。 「こんなこと、しちゃいけないよな」と悲しげにつぶやきながらも、優越感のようなものが漂っているのが見て取れた。 でも、そもそもの発端は、私が『面倒くさい』という怠惰な理由からした行動であったので、彼だけを責めるわけにもいかず、まぁ、もし今度誘われたらハッキリと断ろう、と思っていた矢先のことだった。 自惚れも甚だしい。 誰が「うまくやっている」んだ? 誰が「上手に遊んで」いるんだ?? あの男は、私の恥だ。 深く考えもせず、行動した結果の体現だ。 反省しよう。もう二度と、好きでもない相手と流れで寝たりするのは、やめよう。 それにしても・・・。 不愉快だ、不愉快だ、不愉快だ、不愉快だ。 あの男を、目の前から消してしまいたい。 もう、二度と顔を見たくない。 そうだ、殺してしまえばいい。 殺してあの空き地に放りだしてやればいい。 彼の云うとおり「誰にも知られていない」のなら。 私に疑いがかかることはない。 どうやってあの男を誘い出そう、どうやってその息の根を止めよう、死体を運ぶ車はどうやって調達しよう、万が一警察がやってきたとき、どう答えれば不自然じゃないだろう・・・。 考えることは、沢山あった。 あの男の葬式で『本日は・・・』と殊勝に頭を下げる喪服姿の自分まで想像した。 楽しかった。 きっと、上手くいく。 そう思った。 翌日の昼。 計画確認のために見に行ったあの空き地の枯れ草は、綺麗に刈り取られ、30m四方の地面が剥き出しにされていた。 これでは、空き缶一つも隠せやしない、と思った。 |