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賞味期限切れ 勝手知ったる何とやらで僕の部屋の冷蔵庫を開けた彼女が大声で叫んでいる。 「ちょっとぉ、何コレ! 賞味期限切れてるじゃん!」 その声で、しっかり目は覚めてしまっていたのだが、面倒なのでこっそりと薄目だけ開けて様子を窺うと、牛乳パックを手にした彼女の姿が見えた。 ああ、あの目はオカンモードに入っている。 どうして女はある程度親しくなると、恋人に母親的言動を取りたがる者が多いのだろうか。 面倒なので、そのままぎゅっと目をつぶり「うう〜ん・・・むにゃむにゃ」などといらぬ小芝居を添えて寝返りをうち、彼女に背を向けてみた。 低血圧だって言ってたのに、朝からそんなどうでもいいことであんなに高い声を出して騒るげのは矛盾してると僕は思う。 「ったく、もう!」 憤懣やるかたない、といった感じのつぶやきの後、ゴソゴソゴソ・・・・・「あ、これも。・・・・これも。これもじゃん!」 おおっと。冷蔵庫探索が始まってしまった。むー。何か更に面倒なことになりそうな予感がする。 僕は布団の中でそっと身体を丸める。このまま本当に二度寝してしまった方が良さそうだ。 カモン、睡魔! 「このドレッシングなんか一年前の!どーなってんのよ、この家っ!」 ・・・・そのドレッシングで作ったサラダを君、昨日食べてたじゃないか・・・・。 いいんだよ、まだ、食べれるんだから。 大体、賞味期限なんて『この日までなら誓って何の問題もなく食べられますよ』という単なる保証期間であって、それを過ぎたら途端に腐るわけでなし・・・・賞味期限をちょっと過ぎたからって、即ゴミ箱行きだなんて、飽食日本の傲慢さ加減というか、生産者に対する礼儀を欠きすぎてるんじゃないか・・・・ってのはまぁ建前で、単にチェックが面倒くさいからなんだけど。 いや、僕だって、明らかに変な色とか変な味のするものだったら捨ててるって。 その冷蔵庫の中に、変な味のするものは誓って入っていません。どれもみんな、それなりに美味しく頂けるものばかり・・・・・ 「ねぇ、この辺のヤバイもの全部、捨てていい?」 えー。捨てたら、また買いに行かなくちゃならないじゃん・・・・。あ〜、でもこんな理由で彼女を納得させられるハズもなく。そんな不毛な議論は面倒くさく。 ・・・・いいや。聞かなかったことにしよう。僕はまだ寝てます、ってことで・・・・ 「むにゃ、むにゃ、うーん、むにゃ」と二度目の寝返り(嘘)をしかけた瞬間。 ドコッ! 「ねぇ、って言ってるでしょ! 起きろ!!」 ・・・・彼女に蹴られた(泣)。 ドカッ、ドカッ! しかも3回も(号泣)。 これだけの攻撃を受けて寝ていられるのなんか、死体くらいのものだと思うので僕はしぶしぶ、起きあがる。 「何だよ」 「冷蔵庫! 賞味期限切れたものばっかりだよ! 全部捨てていい!?」 「えー、それは・・・・」 まだ寝ぼけている風を装い、牛乳パックを手に仁王立ちしてる彼女の顔を見上げる。 出会ってから3年。ときめきもとっくに薄れ、そこにいるのが当たり前になってしまった。顔を見るだけで、声をみるだけで嬉しかったあの頃は、今は昔になりにけり。まさか、あの可愛かった女の子が恋人を足蹴にするオンナに変わるとは、一体誰が予想しただろう・・・・。 ああ、そうだ。 僕らの関係の賞味期限も切れている。 誰が見ても『アツアツ・ラブラブな恋人』期間はもう、過ぎてしまっているんだ・・・・。 でも、だからといって、僕は彼女と別れようとか別れたいとか思ってるワケじゃなくて。 ときめきとか保証とか、そんなものなくても、僕は、このまま彼女と・・・・ 「聞いてるのか、人の話を!」 ドスッ! ・・・・今度はチョップ(泣)。 いいのか、僕? こんな暴力的なオンナとこのまま貴重な青春の日々を過ごして。 「・・・・聞いてるよ。今度、自分でちゃんと整理しとくから・・・・。とりあえずそのままにしといて。朝飯は、外に食いに行こう。ね?」 「ケッ。賭けてもいいけど、次に私がここに来たときも相変わらずそのまんまに決まってる」 ・・・・ケッとか言うな、女の子が・・・・。脱力する僕を尻目に彼女は牛乳を冷蔵庫に戻しに行く。 「さ、外に出るならさっさと着替えなさい! 早くしないと追いてくからね」 いや、だから、オマエは僕のオカンかって。 多分、僕はあの牛乳を捨てずに明日の朝にでも飲むだろう。 彼女とも、このまま細かいことで殴られたり、叱られたりしながら付き合って行くんじゃないかと思う。 僕が『まだ味わえる』と思っている限りはそれでいいんじゃないかと・・・・・思う。 でも、あのドレッシングは捨てよう。彼女が怖いから。 |