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神の花嫁 それは、年に一度、必ず行われる儀式。 一週間以上も続く大嵐の後に行われる。 嵐が去り、久し振りの太陽が空に顔を覗かせるその朝。村人達は、固く閉じていた扉を恐る恐る開き、何よりも最初に(畑の作物の無事を確かめるよりも先に)庭先に「それ」が置かれていないかどうかを確かめる。 なければ、安堵で涙を流し、見つけてしまえば・・・絶望で涙を流す。 見つけてしまった者は、「それ」を持って村の集会所に行き、皆の前で、告げなくてはならない。 『今年の“花嫁”は我が家から捧げます』と。 神の花嫁。村ではそう呼ばれている。 いつから始まった儀式であるのかは、全くもって定かではない。が、村の長老が物心ついたときには既に定着していたのだそうだ。決して、周囲の村に知らされることなく、ひっそりと、しかし確実に続けられてきた儀式。 嵐の晩が明けた朝、庭先に“真っ白な着物”が置かれていた家から「神の花嫁」を出すこと。 花嫁は、別に娘であるとは限らず、二十歳を超えた者が選ばれたことは、今までにはない。 生まれたばかりの赤子が選ばれることもあったし、あと数ヶ月で成人を迎える少年が選ばれたこともあった。 神の選択基準は、村人達には全く分からない。 選ばれた花嫁は、神から与えられた真っ白な着物を身につけ、その晩のうちに、一人で村の外れにある小屋へ行かなければならず、翌日の正午まで、その小屋に近付くことは何人たりとも許されない。 身を切るような思いで禁忌の時をやり過ごし、花嫁の親族は、正午過ぎにようやっと小屋の扉を開き、花嫁と対面することができる。 いや、正確には・・・朱に染まった花嫁の着物と・・・神が残していった、花嫁の“部品”と、である。 ある年は小指だった。またある年は眼球だった。髪の毛が一房であったこともあったし、恐らく内臓と思われる赤黒い固まりがひとつ、ごろんと転がっていたこともあった。 神は花嫁の気に入らない部分を捨てていくのだ、と村人達は信じていた。 親族達は嗚咽を堪えながら、着物でそれらを包み、持ち帰り、村の中心にある、花嫁たちの為に作られた立派な墓で埋葬をする。 家に帰ると、近隣の者たちが酒と料理を用意して待っており、「辛いだろうが、村のためなのだ、ありがとう」と全員で頭を下げ、親族達を慰めるための、宴会を夜通し行う。 これが、儀式の全てだ。 村人達は、毎年一度の花嫁と引き替えに、芳醇な作物の収穫を約束されていた。 神に花嫁を捧げる限り、その村では飢えて死ぬことだけは決してないのだ。 事実、どんなに気候の悪い年でも、その村では、村人全員が食べて余りある収穫を必ず得ることができた。 理不尽な儀式に怯え、耐えきれずに自主的に村を出る者もいたが、そのうちの何名かは数ヶ月ほどするとやせ細った姿で戻ってくる。 「村の外で、どうやって食べていけばいいのか分からない」、彼らはそう言って項垂れ、日々の生活のため儀式に呑まれることを選ぶのだった。 そして、『決して飢えることのない村』の噂を聞きつけて、村を訪れ、そのまま住み着く者も大勢いたので、選別対象の『花嫁』が途切れることはなかった。 遠い昔、生まれたばかりの我が子を花嫁にすることが忍びなく、村人達の目を盗んで、自らを花嫁として捧げた若い母親がいた。 翌朝、人々が見たのは、細かく切り刻まれた彼女の身体と、血飛沫ひとつない真っ白な着物だったという。 欠けている部品は一つもなかった。 神は、彼女の身を拒絶した。 やはり、選ばれた花嫁でないと駄目なのだ。 赤子は父親から奪い取られ、恐慌状態の村人達の手により、その場で神に捧げられた。 その年の村の収穫は例年の半分以下だった。 年に一度、神に選ばれた花嫁を捧げることは村の総意。 この村で暮らす限り、これに異を唱えることは許されない。 その家には娘が一人いた。 年老いた両親を助け、良く働く娘だった。 この先、自分たちには、もう、子供が見込めないと分かっている夫婦は、毎年、花嫁選別の季節を怯えて過ごしていた。ただ無力に、嵐が来ると身を潜め、翌朝、着物が置かれていないことに安堵し、その安堵の罪深さに涙する。 老夫婦は『飢え』を知っていた。彼らは、『決して飢えない村』の話を聞きつけて、それこそ命を賭けてこの村へやって来た者たちだったから。 どんなに怯えが深くとも、今更、村を出て、また一から畑を耕したり、家畜を育てたりする気概は持てなかった。 『飢え』は恐ろしい。草の根を囓り、泥水を啜らねばならないあの生活に比べれば、年に一度の怯えが何だと言うのだろう。 不思議なことに、彼らの娘は毎年花嫁の役を逃れ続け、すくすくと育った。 そして。 ついに、娘は二十歳の誕生日を迎えた。 今年選ばれなければ。 もう、一生不安に苛まれることもなくなる。 長雨の季節が近付いていたが、夫婦の胸に例年までの暗い影は差していなかった。 安心するのはまだ早い、そう思いながらも、初めて、この村で伸び伸びと呼吸ができたような気がしていた。 うちの子はまだ5歳だった、と、その女は思った。 まだ、世の中の嬉しいことも楽しいことも喜びも知らないうちに、たった一晩で小さな肉塊になってしまった。 この悲しみを、絶望を、知らない者が憎い、と思った。 知らずにのうのうと生きている者たちが憎い、と思った。 私の子供の屍の上に生きる者たちに、罰を与えなければならない、と思った。 そして、それを実行した。 大嵐の最後の晩。 誰もが身を潜め、祈りを捧げるその日に。 女は、外へ出て、村中を走り回った。何度も風に飛ばされ、泥濘に足を取られ、飛んでくる木の枝で身体中を打たれながら、狂ったように走り回り、『白い着物』のある家を探した。 着物が掛かっていたのは、あの老夫婦の隣の家だった。そこには、今年5歳になったばかりの女の子がいる筈だった。 彼女が失ったのと同じ歳の子供が。 暴風雨の中、ちらともそよがず、濡れもしていないその着物を、女は乱暴な手で剥ぎ取り・・・。 荒い息を吐きながら、震える手で老夫婦の家の前に掛けた。 お前はもう充分生きたのだから、と呟いて。 そして、そのまま、村から走り出て、闇に呑まれ、二度と戻ってくることはなかった。 翌朝。 まるで、自分たちを嘲笑うかのようにやってきた着物を見つけた老夫婦は、半狂乱になった。 しかし、「儀式」を拒否するほどの勇気は持てず、重い足取りで集会所に向かい、震える声でそこに集まる人々に告げた。 「今年の花嫁は、我が家から出すことになりました」、と。 村人達の、安堵と哀れみの視線が身体中に突き刺さり、この世の全てを呪いたい気持ちになった。 自分たちも去年まではきっとこんな顔をして花嫁の家族を見ていたのだろう、と思った。 神の選択よりも、「自分たちでなくて良かった」、という安堵がないまぜになった、人々の表情の方が、はるかに残酷なものであるように感じた。 娘本人は不思議なくらいに落ち着いていており、先に死ぬのは親不孝であると言われているけれど、自分はこれが最高のご恩返しだと思うから、どうぞ気に病まず、これからも元気で暮らして欲しい、というようなことを静かに告げて、淡々と身支度を調え、村外れの小屋へ消えていった。 あの娘は立派な子だ、私たちの誇りだ、神があの娘を欲しがるのは当然のことだったのだ。 恐怖に震えて身を寄せ合い、夜が明けるのを待ちながら、老夫婦はそんなことを語り合って、どうにか自分たちを納得させようと試みた。本当は共に死にたいと思っていた。 しかし、娘の最後の言葉を思い出し、それだけはできない、と互いに諫めあった。 長い夜が明け、2人は重い足取りで小屋へとむかった。 娘を・・・残された部品を・・・連れて帰るために。 重い引き戸を開け、差し込んだ朝日に照らされた光景を見て、2人は息を呑んだ。 そこには、傷一つない姿で、安らかに眠っている娘の姿があった。 生きている・・・何故? 夫婦は混乱した。 神の花嫁選びは絶対だったはず。これまでに、花嫁として選ばれて生きて帰ってきた者はいない。 神は、この娘を拒絶したのだろうか。 夫がつぶやいた。 信じられない、こんなに素晴らしい娘は他にはいないのに。 妻が答えた。 神に拒絶された花嫁。 村人達がそれを知ったら、何と思うだろう。 憐れみは軽蔑にとって代わり、その視線は、囁きは、一生自分たちを苛むに違いない。 耐え難い屈辱だ。 この娘は、何があっても神に捧げなくてはならない。私たちの誇りなのだから。 夫がつぶやいた。 勿論です。 妻が答えた。 2人の気配に気付いた娘が目を覚ます。 両親の姿を認めて、驚いたように身を起こし、言いかけた言葉は・・・悲しいことに声にはならなかった。 瞬時にのど笛を切り裂かれてしまったから。 娘は悲鳴一つあげることなく、身体中を血に染めて、事切れた。 この娘の全てを神に捧げなくてはならない。 赤く染まった刃物を懐にしまいながら夫が呟いた。 そうですね。全身を。でも、着物は持ち帰らなければ。 娘の血飛沫を浴びながら妻が答えた。 2人は手早く娘の着物を脱がし、全身の力を振り絞ってその身体を、小屋の近くにある崖の向こうへと投げ捨てた。 そして、血まみれの着物だけを持って、村へと戻り、神は娘の全てを連れて行ったようだ、と告げた。 宴の支度を調えて彼らを迎えた村人達は、皆一様に驚きの声を上げた。 一人が、神はついに理想の花嫁を見つけたのかもしれない、と言い出した。周りの声がそれに賛同し、口々に娘を誉め称えた。 老夫婦は揃って涙を流し、それに応えた。 宴は三日三晩続いた。 それが、その村で行われた最後の「儀式」となった。 嵐の後に白い着物が現れることは翌年から、ぱったりと途絶えた。 ただ、そこは「決して飢えない村」ではなくなった。 他の村と同じように収穫物の出来と量は天候に左右されるようになったが、その後も栄え続け、老夫婦は神に生涯の花嫁を捧げた者として、村人達に敬われながら死ぬまでその村で暮らしたという。 |