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水曜サスペンス劇場 女が倒れている。後頭部から血を流し、うつろな眼差しを宙に向けている。 多分、その瞳には今、何も映っていないし、この先、何も映すことはないだろう。 だって、これ、どう見ても死んでるもの。 その横に女がもう一人。右手に血のついた花瓶を握りしめている。 名探偵じゃなくても簡単に解ける謎だ。 「これは・・・・アナタが?」 「ち、違うの・・・・っ!!」 ・・・え? 違うの? じゃ、何? 誰? 「そんな、殺したりするつもりじゃ・・・・・!!」 ・・・・違わないじゃん。見たまんま、犯人アンタじゃん。 「どうしよう・・・・どうしよう・・・・」 女は、震えながら床にぺったりと座り込み、自分が手に持った花瓶に気付くと、ヒッと小さく悲鳴をあげて、それを放り投げた。 ゴトンッ。思いの外大きな音がした。 うーん・・・・。こんなモノで頭やられちゃぁ・・・・死ぬわな、そりゃ。 馬鹿な女だとは思っていたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。 どうやら殺人を犯してしまったらしい、化粧の濃いこの女は、佐藤ユカリと言う。3年前、高校生の時に、某大手出版社の文学賞を受賞し、『若き天才』とか何とかマスコミに騒がれた学生作家だ。今は、私と同じ大学の文学部に籍を置いている。 派手な外見に似合わず、作風は純文学で、先月発売した新刊も売れ行きが好調らしい。 私も彼女の作品を何冊も読んだことがあるが、一冊など電車の中だというのに涙が止まらなくなってしまうくらい感動した。いい作家だと思った。 あの高慢チキチキの嫌ぁな女から、どうしたらこんな繊細な文章が生まれてくるのだろうと不思議でたまらない。 そう、佐藤ユカリは周囲の人間に嫌われていた。 何かって言うと『私は作家として〜』を連発して周囲を見下し、自分が常に輪の中心でないと我慢ならなくて、少しでも気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こしてわめき散らす。私はこの女に会って初めて『鼻持ちならない』という言葉の意味を実感した。 少なくとも、うちの学部の人間の中で彼女に好意を持っている者はいないと思う。 あ、一人いたか。 それが・・・・今、この場で死体となって宙を見つめている佐倉美里だ。 美里は、ユカリの幼なじみとかでいつも美里の横にいた。まるで彼女の影のように。 類は友を呼ぶ、とは良く言うけれど、美里はユカリとは正反対のタイプだった。地味で、大人しくて、暗くて、いつでもオドオドしていて。 ユカリといる時、友達・・・・と言うより、奴隷か召使いかって感じの扱いを受けているように見えた。口の悪いユカリに何を言われても、黙ってそれを聞き、どんな理不尽なことをされても文句一つ言わずに付き従っていた。 あまりの仕打ちに、お節介な人間が、『ユカリと一緒にいることはあなたにとって良くないことだ』と忠告しても、いつも薄く微笑みながら「ありがとう。でも、ユカリってそんなに悪い子じゃないのよ」と答え、決してユカリから離れようとしなかった。 ユカリの方も、『馬鹿だ、愚図だ、使えない』と毎日プリプリ怒りながらも、いつだって横に美里を連れて行動していた。 余りにも不可解な関係。考えても分からないので、いつしか誰もそのことについて触れなくなっていた。 以上、背景の説明。目の前の光景に戻る。 私は殺人捜査をしにきた名探偵などではなく、おととい貸したテキストを返して貰いにきただけの、女子大生である。 『今日は一日部屋にいるから』と言われ、「何で、貸した方が足を運ばねばならんのじゃい」と不満たらたらで、ユカリの住むマンションにやってきたのはいいが、いくら部屋のチャイムを鳴らしても、応答がない。 業を煮やして、ドアノブを回してみたら・・・・簡単に開いて・・・・覗き込んでみたら、殺人現場に遭遇、だったと言うわけだ。 しかし・・・・美里が奴隷扱いにブチ切れてユカリをやっちまったとか言うなら話も分かるが、逆、ってのは一体・・・・? とりあえず、ドアを閉め、鍵をかけ(何でかけたかは良く分からない)、靴を脱いで部屋に上がり込む。 我ながら命知らずというか、何というか。こう見えて、結構、混乱してるのかも。 「・・・・が・・・い・・・とかっ、い・・から・・・」 ユカリがブツブツと何かつぶやいている。 「ん? 何? 何だって?」 聞き返してみた。返答があるとは思っていなかったんだけど、驚いたことにユカリはカッと目を見開くと、私の肩をものすごい力で掴んで(一瞬、殺されるのかと思った。怖かった) 叫んだ。 「もう、書かないって言うんだもの! 美里が! もう、あたしの名前で原稿を書くのが嫌になったって! 担当さんに全部話して、それで、終わりにするって! だから、あたし止めようとしてッ! それでっ!!!! あたしがいないと何もできないくせに! 突然生意気なこと言いだしやがって! だから、だから、あたしはねぇええ!!!」 そこまでを一息に言うと、今度は身も世もないって感じの大声で泣き出した。 ・・・・泣きたいのはこっちだよ、畜生。 何だ、何だ。何かとんでもないことを聞いたような気がするぞ? 美里が? 何の原稿を書いていたって? ユカリの原稿を? は? ユカリの原稿って・・・・? 作家の? は?実際にあの作品群を書いていたのは・・・・美里だったってこと? それをユカリの名で売り出していたって・・・こと?? うーん・・・・。驚愕の事実ではあるが・・・・腑には落ちる。 だって、ユカリは作家のクセに『的を得た発言』とか平気で言うような言語センスの持ち主だったし(正解は『的を射る』である)、一方の美里は、『文章表現法』の授業で提出したレポートを良く教授にベタ褒めされていた。(ユカリはそんなとき、『あの人は二流の文学者だから』とか何とかブイブイ言ってた) ふーん・・・・。あの繊細で高潔な作品は・・・・全て美里の手によるものだったのか。 二人の間にどんな話し合いと取り決めがあったのかは分からない。が、ユカリの派手なビジュアルがなければ、作品はこれほどまでに売れなかっただろう。彼女の売りは、作品と外見とのギャップにもあったのだから。 持ちつ、持たれつで上手くやっていたのが・・・・何かの拍子で崩れてしまったってことか。 相変わらず、訳の分からぬことを叫んでは泣きわめくユカリをもう一度見てから、私はそっと部屋を出た。 鞄の中の携帯を取り出し、1,1,0と押しながら、これでもう『佐藤ユカリ』の作品は読めなくなるんだなぁ、という寂しさと、テキスト返して貰い損ねたよ、明日の授業どうすんだよ、畜生め、という忌々しさが同時に頭の中を横切った。 |