夜光堂TOPそこ、零れてる!!僕んちのたんす



ハッピー! ハッピー!



僕の足音に気付いて振り向いた彼女は本当に輝くばかりに美しくて。
僕は、この女を選んで、本当に、良かった、と思った。
「あら、やだ。何故涙ぐんでるの? あなた、私の旦那さまじゃなくてお父さんなの?」
彼女は長いドレスの裾を軽やかにさばきながら、僕の顔に手を伸ばし、目頭から今まさにこぼれんとしていた涙をそっとぬぐってくれた。
聖母マリアだってこんなに美しく、優しくはなかったに違いない。
神様ありがとう、僕に彼女を授けてくれて! 僕は今、最高潮に幸せです!!
「幸せになろうねぇ、僕ら。おじいちゃんとおばあちゃんになるまで一緒にいようねぇ、ううう〜」
「そうね。でも、それは後でちゃんと神様の前で誓いましょうね。ほら、レンタルなんだから、袖で鼻水を拭いたりしては駄目よ? さぁ、もう泣かないで。泣きはらした目で式に臨む新郎なんて聞いたことがないわ」
彼女が僕の肩をあやすようなリズムで叩いてくれるので、僕はますます涙に溺れそうになった。
が、波は突然の闖入者に寄り、高まることなく、急激に引くこととなった。
「あらあら、仲のおよろしいことで」
式場の人が気を利かせて二人きりにしてくれていた、新婦控え室に差した黒い影・・・・。
「美枝子!!」
彼女の純白のドレスとは対照的な真っ黒いワンピースの上の、チェリーピンクの唇。
身体にぴったりとしたデザインなので、凹凸のはっきりした体型がこれでもか! とばかりに強調され少々目のやり場に困る。
美枝子サンは、彼女の高校だか大学だかからの親友で、彼女が僕らの結婚を親よりも先に報告したというくらい全幅の信頼を置いている人だ。
彼女の友達なんだから仲良くしなくちゃいけないのは分かっているし、なかなかの美人で頭もイイ人だし・・・・分かってるんだけど、僕は美枝子サンのことが、ちょっと苦手だ。
別に意地悪をされた、とか言うワケじゃないんだけど、その『何でもお見通しなのよ?』
的な視線とか態度とか・・・小学校の時に苦手だった担任の先生を思い出すから。
「受付、落ち着いたから。ちょっと式の前に確認しておきたいこともあるし・・・ね」
チラリ。ほら、その目線。何だよ何なんだよ! 
僕は彼女から聞いて知っている。
彼女が僕との結婚の報告をしたとき、美枝子サンがまず最初に何と言ったか。
『へぇ? ま、いいんじゃない?』
新しい髪型の話じゃないんだぞ! 何なんだ、親友のおめでたい話に対してその妙に薄いリアクションは! 聞いて憤る僕を『でも、その後でちゃんとおめでとう、って言ってくれたのよ』と彼女は諫めたけれど。
そも、そも、新婦控え室に何の用だ。葬式みたいなかっこしやがって。
「ごめんね、美枝子。もう、あと5分くらいしたら写真屋さんが来ることになっててあんまり長くは話せないの。用ってなぁに?」
「大したことじゃないのよ」
そこで、僕をチラリと一瞥。口角がいやぁな感じに上がる。
思わずビクつく。情けないことは百も承知なんだけど・・・・怖いんだよ、本能的に!!
「ねぇ、松本百合香さんとアナタは、どういうご関係?」
世界が反転したような気がした。
「2週間前くらいかなぁ。アナタがあの子の部屋から朝早く出てくるの見たんだけど。あ、あたしの部屋、彼女の向かいのアパートなんだけど、知ってた?」
身体が、床に沈み込んでいく。ズブズブズブズブ・・・・・。
松本百合香は・・・・。
僕の会社の同僚だ。隣の課で働いていて・・・・あの日、『お話があるんです』と就業後に呼び出された。『ずっと好きでした』と告白され、『一度でいいから思い出を下さい』と言われて・・・・彼女の言う『思い出』を作るために、彼女の部屋に泊まった。
据え膳食わぬは・・・・という想いがあったことは否定しない。両親の元で最後の日々を過ごしている彼女に罪悪感を感じなかったとも、言わない。
でも、一度だけだ。式をあげたら、僕はいい旦那さんになって、彼女だけを愛して生きていこうと思っていた。
松本百合香の方も『幸せになって下さいね』と涙ながらに微笑み、ちょっとした善行をした、(そんな訳はどう考えてもないのだけれど)・・・くらいのつもりで、僕は・・・。
「ねぇ? どういうつもり? 結婚前の火遊び? ぼーっとした顔して、大したもんよねぇ?」
耳を塞ぎたくても塞げない。目を閉じたくても閉じられない。何か言いたくても、喉がひりついて声が出ない。美枝子サンの視線が僕を切り刻む。
「・・・何か言ったら?」
先程までの、天にも昇るような心地よさは消え、やたら早い心臓の鼓動だけが僕に感じられる唯一の感覚だった。
「ごめんね、美枝子」
沈黙を破ったのは、彼女のこの場にはあまりにそぐわない柔らかな声だった。
「写真屋さんが、もう来るわ。私たち、行かなくちゃならないから。話がそれだけなら、もう式場の方へ戻ってくれる?」
「?!」
美枝子サンは息をのんで彼女を見つめた。まじまじと。信じられないものを見る顔で。
「何言ってるの!? いいの? この男はあんたを裏切って他の女と・・・」
「もし、そうだとしても、美枝子には何の関係もないわ。この人と結婚をするのはあたしよ。あなたじゃない。違う?」
「そうだけどっ、でもっ・・・・」
「あたしは、幸せになるの。この人と。邪魔をしないで」
そこに、怒りや悲しみの色は微塵もなく。淡々とそう告げたあと、ブルブルと震える美枝子さんを綺麗に視界から外し・・・・。
彼女は僕を見て微笑んだ。
「顔色が悪いわ。大丈夫? 写真屋さんにもうちょっと待って貰う?」
怖いくらいに綺麗な顔、落ち着いた声。
「いや・・・。大丈夫、行く、よ」
何とか声が出た。
「何なの? おかしいんじゃない、あんた達!?」
ヒステリックな美枝子さんの声を背に、僕らは腕を組んで控え室を出る。この世にいる、誰よりも幸せだという顔をして。
「さっきの話・・・」
小声で言いかける僕を、彼女は目線で制する。
「聞かない。私たちは、今日、ここで、これから、式をあげるの。みんなの前で永遠の幸せを誓うの。そうよね?」
「うん・・・・。そうだね・・・・」
僕は、この女を選んで、本当に、良かった、と思った。


A Theatrical Campany yakoudou